状況に応じて大きさを自在に変える不思議な生き物

粘菌のような単細胞生物は「原生動物」と呼ばれ、同じ単細胞生物の細菌とは異なり、細胞内に核を持つ真核生物である。単細胞のままで巨大化するだけでも不思議な現象だが、粘菌の変形体はさらに奇妙な特徴を備えている。

「巨大粘菌の外見からは、まるでマヨネーズを薄く引き伸ばしたかのような質感が感じられます。内部にはきめ細かな管のネットワークが張りめぐらされていて、その中を栄養やさまざまな信号が活発に流れています。さらにじっくり観察していると、管の中の流れの向きが、2分ぐらいの間隔で変わっている様子が分かります」

変形体となった大きな粘菌をちぎると、断片は新たに単細胞の粘菌となる。条件次第では、その粘菌が成長して再び巨大な粘菌ともなりうる。あるいは複数の変形体が合体して、巨大化する場合もある。

巨大化した変形体は、ゆっくりと動き回って餌を探して食べる。ところが空気が乾燥するなど外部環境が悪化すると、一変して今度は1~2ミリぐらいの小さな変形体に分裂して、子実体(胞子をつくって放出するためのキノコ状の形態)になったりする。状況に応じて大きさを自在に変える、融通無碍とも言える不思議な生き物なのである。

好むのは有機栽培のオートミール、醤油は嫌う

また粘菌は、さまざまな化学物質に対して明確な反応性を示す。実験用に飼育する際の飼料は、市販のオートミールだ。それも、化学肥料や農薬を使って育てられたものより、有機栽培のものを好んで食べる。もとより粘菌は単細胞生物であり、脳も神経細胞も持たない。にもかかわらず、まるで味覚を持っているかのような行動を取るのだ。

ガラスのボウルにコーンフレーク
写真=iStock.com/4nadia
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逆に嫌うのが、醤油やマラリア特効薬のキニーネなどだ。ただキニーネを嫌うとはいえ、その嫌い方は一様ではなく個々の粘菌により異なる。

公立はこだて未来大学の高木清二准教授らが、次のような実験を行った。

「細長いレーンを用意して、その片端に粘菌を置き、真ん中あたりに濃度の薄いキニーネをセットして粘菌の動きを観察してみました。すると粘菌はまず、反対側に向かって動き始めます。その後、キニーネのあるところまで来ると、そこでいったん止まるのですが、その後の行動が粘菌により異なるのです。すなわちキニーネを乗り越えて前進するもの、キニーネから引き返すもの、キニーネのところで分裂して前進と後退に分かれるものもある。一連の観察結果からは、一つひとつの粘菌には個性のようなものが備わっていて、それが異なると考えられます」

感覚に似た機能を備えるばかりか、個性のようなものまで持っていそうな粘菌とは、いったいどのような生物なのか。中垣氏の関心は自然と、粘菌の知性に向かっていった。