※本稿は、チーム・パスカル『いのちの科学の最前線 生きていることの不思議に挑む』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
粘菌研究で「イグ・ノーベル賞」を二度受賞
中垣俊之(なかがき・としゆき)教授
北海道大学 電子科学研究所
1963年生まれ。1989年北海道大学薬学研究科修士課程修了後、製薬企業勤務を経て、名古屋大学人間情報学研究科博士課程修了、学術博士。理化学研究所基礎科学特別研究員、北海道大学電子科学研究所准教授、公立はこだて未来大学システム情報科学部教授を経て、2013年より現職。専門分野は物理エソロジー。イグ・ノーベル賞を二度受賞(史上2件目)。2017年から2020年まで電子科学研究所所長を務める。
生物は、大きく二種類に分けられる。脳を持つ生物と、脳を持たない生物だ。人は脳を持つ生き物、ゆえに知性を備えている。では、脳を持たない単細胞生物に、知性はないのだろうか。環境変化に対するコロナウイルスの順応ぶりを見ていると、生物ではないウイルスでさえも、何らかの生存戦略を持っているかのように思える近年だ。
実際、単細胞生物の中には、まるで知性に裏づけられたような振る舞いを見せるものがある。北海道大学電子科学研究所の中垣俊之教授は、その一つである真正粘菌の複雑な動きに着目し、粘菌に知性と呼ぶにふさわしい能力を見出した。そして粘菌研究で「イグ・ノーベル賞」を二度受賞している。
イグ・ノーベル賞といえばノーベル賞のパロディ……、一般にはその程度の受け止め方をされているようだ。けれども同賞は、「人々を笑わせ、そして考えさせる業績」に対して贈られる賞である。だから単にユーモアあふれるだけでなく、改めて「人に考えさせる気づきや発見」が必ずセットでなければならない。これを二度受賞(2008年と2010年)した研究者は、中垣氏を含めて今のところ世界で4人(中垣氏の共同研究者2名を含む)しかいない。
単細胞生物が「知性」を持つ可能性を発見
中垣氏の発見とは、人間以外の単細胞生物が知性を持つ可能性であり、その功績に対して「認知科学賞」(2008年)と「交通計画賞」(2010年)を贈られた。いずれも研究の対象となったのは、真正粘菌の一種モジホコリ(Physarum polycephalum:以下粘菌)である。この粘菌は通常、公園の枯れ葉や朽ち木のあるような場所に潜んでいる。大きさがせいぜい2ミリ以下と小さいため、普通に公園を歩いている分には、まず気づかないだろう。
ただし、この粘菌は単細胞生物でありながら、極めて特殊な性質を備えている。たとえばときに、周囲が数十センチメートルにもなるシート状の形をとる。だからといって、小さな粘菌がいくつも集まるわけではなく、単細胞のままで巨大化するのだ。このように巨大化した粘菌は、「変形体」と呼ばれる。