下北沢で飲食店をやる難しさ
入居費などの諸経費を低く抑えていれば高い人件費も賄えるが、下北沢店は家賃も運営コストも安いわけではない。一日1万5000円のコストを加味すると、合計の費用は3万円。一日の売り上げの80%超が消えていく計算になる。一食当たり200円の材料費を加味すれば赤字だ。
飲食店経営では通常、売り上げに対して人件費を30%台、諸経費も合わせて60%台に抑えるのが望ましいとされている。日本政策金融公庫の調査でも、そば・うどん店の平均はそれぞれ36.5%と64.1%だ。これ以上赤字を垂れ流し続けて大丈夫なのだろうか。フードトラックの必要性はわかるが、ぼくも不安になってきた。
最近になって黒田がつくづく思うのは、下北沢という街のむずかしさだ。若者の街という印象があるが、若者がいなくなるような時間帯がある。土曜日の夜は特に静かで、西口エリアでは一部の居酒屋以外どこも入りが良くないようだ。
有名なラーメン店がいくつかあるが、どこも土曜の夜はさっぱりだという。深夜近くに混みだすのは、飲んだ後のシメが集中するからだ。焼きそばでそのニーズを取ることはできない。若者の財布が予想上に堅く、街のキャパシティにも問題があるかもしれないと思いはじめていた。
グルメサイトで星3.7を誇る焼きそば店の正体
黒田の頭にちらつくのは、神保町だったらどうだったかという思いだ。昔から好きな街で、客層のレベルも高い。自分の実力を舌の肥えた人たちの集まる街でぶつけてみたいという思いが沸きあがっていた。
みかさという店の存在も大きかった。グルメサイトの星は、3.7近い。焼きそばの世界では知らない人はいない業界のパイオニアが店を開いていた。
「すごい方だと思いますよ。焼きそばに対する情熱がハンパないんです」
みかさの店主である中田正人とは、黒田も面識があった。愚直に自分の求める焼きそばを追求していこうとする姿勢が、黒田の記憶に残っていた。
ぼくが中田に会ってみたいと思ったのは、その飾らない性格を黒田から聞いていたからだった。店には芸能人のサインもなければ、テレビに出たときの写真も飾っていない。味だけで勝負するという姿勢が気持ち良かった。
しかし中田は店主を譲って、今は店には出ていないという。ぼくはみかさの店員経由で、取材の許可を取った。