今年1月、大学入学共通テスト初日の朝、試験会場の東京大学前の路上で、受験生の高校生ら3人が刺され、17歳の男子高校生が逮捕された。新聞などの報道によると、東大を目指していたが、成績が上がらず自信をなくして絶望したことがきっかけで犯行に及んだとされている。コラムニストの河崎環さんは、この事件の背景に、根強い「東大の呪い」を見たという――。
大学入学共通テストを受けに来ていた受験生が切り付けられた現場周辺を調べる捜査関係者=2022年1月15日午前、東京都文京区の東京大学前
写真=時事通信フォト
大学入学共通テストを受けに来ていた受験生が切り付けられた現場周辺を調べる捜査関係者=2022年1月15日午前、東京都文京区の東京大学前

ネット記事でウケる最強キーワード

ネットメディアに携わる物書きや編集者の間で、自虐的な笑い話として「ネット記事のネタに困ったらこの3つにすがれ」というものがある。「東大」と「美女」と「年収」だ。タイトルに入れたら必ずハネる(ヒットする)強力なワードであり、特にビジネス系や週刊誌系のメディアではまあ間違いなくある程度のアクセスが保証されるから、不思議なものである。

世間は、「東大」と「美女」と「年収」と、それらをまとめる概念としての「一流」が大好きだ。架空のタイトルをつけてみようか。

「東大卒・年収1億の外資コンサル美女を会員制秘密クラブで狂わせた“あの一流企業”有名役員の素顔」

ああ下品。でも本当にありそう。世界平和とか高尚な哲学なんて正直全然ウケやしない。こういう記事こそ世間の人々が素知らぬ顔してクリックし、興味津々で読むのだ、ということを、「人々の欲望にダイレクトにリーチする」のが仕事のネットの人間は数字で知っている。

東大に行ったことがある人もない人も、「東大」の2文字を見てそれぞれ親近感や反感をもって反応する。女性であろうが男性であろうが、「美女」の2文字にザラっと(あるいはムラっと)する。「年収」の2文字を目にして、優越感や劣等感や将来への不安が満遍なく喚起される。

その理由とは、「一流」という言葉が人々の目を留めるのと全く同じ理由だ。一流、二流、三流と聞いて「大学の話かな」「会社の話かな」とうっすら感じたりしないだろうか。全ては、我々おじさんおばさんが初等教育から就職まで「ランキング」「順位」で評価され続け、順位が上であるほど「スゴい」「上等」と価値観を叩き込まれ、競争させられた教育の記憶が起こす残像なのである。

だから、「東大」の2文字には呪いがある。それは競争や順位なるものに一生懸命になった(ならされた)ことがある人だけがかかる呪いである。