※本稿は、デーヴィッド・A・メイヤー『アメリカの高校生が学んでいる経済の教室』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
短期の完全競争をドーナツ業界で考える
ある業界にとっての短期とは、企業が市場に参入したり、市場から退出したりできない期間のことだ。企業が短期で変えられるのは労働力だけで、固定資本(建物や機械など)を変えることはできない。完全競争の業界であれば、業界全体の産出量に対する需要と供給の変化に応じて、企業は経済学の利益を上げることもあれば、損失を出しながら営業を続けることもある。
これをドーナツ業界の例から考えてみよう。この業界は完全競争の状態にあるとする。ニュージーランドの科学者が、甘いシュガーシロップでコーティングしたグレーズドドーナツをコーヒーと一緒に食べると大きな健康効果があることを発見した。このすばらしいニュースが世界を駆けめぐり、グレーズドドーナツの需要が増加した。その結果、需要と供給のバランスで決まる均衡価格も上昇する。
市場価格の下落は、損失を出すことを意味する
すでに見たように、市場価格は企業の限界収入を表しているので、ドーナツ業界の企業にとっては、総収入の増加分が経済学の総費用(機会費用も含めた総費用)の増加分よりも大きくなる。つまり、ドーナツ企業は経済学の利益(機会費用も考慮した利益)を上げているということだ。
その半年後、カリフォルニアの科学者が、ニュージーランドの研究の問題点を発見した。コーヒーと一緒に大量のグレーズドドーナツを食べると、むしろ健康リスクになるかもしれない。最初はこの情報を無視していた消費者も、体重が20キロも増え、夜もよく眠れなくなると、ついに現実と向き合わざるを得なくなった。
グレーズドドーナツの需要はだんだんと減少し、市場価格はニュージーランドのニュースが出る前を下回るようになった。この時点で、ドーナツ業界の多くの企業にとって、ドーナツの市場価格の下落は、短期的には損失を出しながら生産していることを意味する。なぜなら彼らの総収入は、生産の総費用よりも少ないからだ。