信念を紙に書いて、声に出せば、夢はかなう。そうした「自己啓発」を信じすぎてしまうと、荒唐無稽な「陰謀論」に取り込まれる恐れがある。オカルト研究家の雨宮純さんは「今年5月ごろ『信じれば6月4日に60億円が振り込まれる』という投稿がネット上で話題になった。荒唐無稽に思うかもしれないが、こうした投稿も自己啓発の延長線上にある」という――。

※本稿は雨宮純『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト2545新書)の一部を再編集したものです。

夢
写真=iStock.com/flyparade
※写真はイメージです

自己啓発のベースを作ったナポレオン・ヒル

現在に至る自己啓発のベースをつくった代表格がナポレオン・ヒルです。

彼の主著である『思考は現実化する』(原著の出版は1937年。邦訳版は1989年にきこ書房より刊行)は全世界での発行部数が8000万部を超えており、世界的なベストセラーとなっています。筆者も十代の頃に出会い、大変感銘を受けたのですが、この本はそのタイトルからしてニューソート(*1)を思わせます。

(編集部註)
(*1)人間の心と身体が密接に関連しており、身体的な病気すらも想念の力で治癒できるとするアメリカの宗教思想

雑誌記事のためのインタビューがきっかけで、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーにインタビューしたヒルは、カーネギーから「巨富を築く哲学」を1つのプログラムにする依頼を受け、紹介された大勢の成功者に話を聞くことで、独自の成功哲学をまとめあげました(とされていますが、これに疑義を呈する説もあります)。

『思考は現実化する』では繰り返し「思考」や「信念」「潜在意識」の力が強調され、願望を強く胸に刻みつけることや、目標を紙に書いたり、声に出すことが奨励されます。願望を繰り返し自分に言い聞かせることで潜在意識が活性化し、人生が望んだ方向へと進んでいくというわけです。

反対に否定的な思考を持つと潜在意識もそのように働き、悲劇を呼んでしまうとされます。『思考は現実化する』の前半に登場する「願望実現のための6か条」は、今の自己啓発書でもよく似た内容を目にするもので、ヒルの著作を読んだことがない方も何となく既視感を覚えるのではないでしょうか。

1.あなたが実現したいと思う願望を「はっきり」させること。単にお金がたくさん欲しいなどというような願望設定は、まったく無意味なことである。
2.実現したいと望むものを得るために、あなたはその代わりに何を“差し出す”のかを決めること。この世界は、代償を必要としない報酬など存在しない。
3.あなたが実現したいと思っている願望を取得する「最終期限」を決めること。
4.願望実現のための詳細な計画を立てること。そしてまだその準備ができていなくても、迷わずにすぐに行動に移ること。
5.実現したい具体的願望、そのための代償、最終期限、そして詳細な計画、以上の4点を紙に詳しく書くこと。
6.紙に書いたこの宣言を、1日に2回、起床直後と就寝直前に、なるべく大きな声で読むこと。このとき、あなたはもうすでにその願望を実現したものと考え、そう自分に信じ込ませることが大切である。

この6か条は「計画を立てて行動し目標を実現する」、つまり「行動することで世界に影響を与える」内容になっています。これは「信じたものがそのまま実現する」という宗教的な話よりも現実的であり、現在でも流用されている理由と考えられます。