このゲームこそエフベリンクにブレイクされたものの、その次のゲームから連続8ゲームを連取した。エフベリンクのスピン量の多いフォアハンドを車椅子の高い座席でしっかりと受け止め、逆に打ち込んだ。相手の高速サーブは確実にリターン、ミスはほとんどしなかった。世界一のチェアワークでバースライン内側からライジングを叩きつけた。ネットに前進、相手が苦し紛れに上げるロブをドライブボレーでエースを奪った。この日のために準備してきたことがすべて実行できた。
第1セットを6-1で圧倒すると、第2セットも国枝のペース。余裕を持った試合運びで、強い球と緩い球を織り交ぜた巧みな配球術でエフベリンクを翻弄する。ゲームカウント5-2でマッチポイントが訪れる。エフベリンクは何度か凌ぐが、国枝は焦らない。百獣の王ライオンがじっくりと獲物を料理して食べるように、ゲームを味わう。最後は苦労してものにしたバックハンドをお見舞い、エフベリンクの得意のフォアはネットにかかった。
「もう一生分泣きました」
その瞬間から涙が溢れ出る国枝。大きな日の丸を背に広げるものの、すぐに旗で顔を覆いおいおいと泣きじゃくった。それだけ大きな重圧が肩に掛かっていたのだ。国枝は泣きながら優勝インタビューに答えた。
「勝ったことが信じられない。夢の中にいるよう。マッチポイントの瞬間も勝利の瞬間も覚えていない。コーチやトレーナーの顔は思い出せるのに、最後の瞬間は思い出せない。涙だけが出てきて。もう一生分泣きました。枯れるほど泣きました」
決勝戦のスコアは6-1、6-2。世界最強は自分であることを実証したパラリンピックだった。
「スコアも信じられない。リオが終わったあと、何度も引退しようとした自分が勝つなんて。この大会前は負け続けて、自分を疑う日々だった。眠れない日々が続いたけど、本当にテニスを続けてきてよかった。妻がいなかったらとっくにやめていた。感謝したい。妻は会場に来られなかったけど、家に戻って喜び合いたい」
その頃、愛さんも大泣きだったろう。遂に2人の夢が叶ったのだから。
彼女は優勝した翌日のSNSで次のように綴っている。
昨晩の夕食はもちろん、国枝の大好物、鯛めしだった。