結果はさんざん。停滞どころか、成績がどんどん下がっていきました。わたしはこのとき思い知りました。

「勉強法は、命綱のようなものかもしれない」

人には、それぞれ自分に合った命綱(勉強法)があります。たとえ、上に登れないからといってそれを手放してしまうと、無残にも落ちていくだけなのです。

自分の勉強法は、変えてはいけません。改善することは必要ですが、停滞していても信じて続けることが大切。やはり、勉強は反復と継続に尽きるのです。

自分だけは、努力した自分を否定しない

努力すると、少しずつでも前へ進んでいけますが、そのことと他人からの評価はまた別のこと。自分の努力と環境とのタイミングが合わないときもあれば、まわりの人から完膚なきまでに努力を否定されることもあります。

わたしにも、そんなことがたくさんありました。わたしのような「努力型」の人間にとっては、努力を完全に否定されるのは人格を否定されることに等しく、しばらくのあいだは絶望感に襲われます。

山口真由『東大首席が教える 賢い頭をつくる黄金のルール』(プレジデント社)
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「これ以上は、がんばれないんじゃないか」
「あきらめてしばらく休もうかな」

そんなことを思ったときもあります。

それでもわずかに残った力を振り絞って、なんとか進んできました。なぜなら、そんな自分の努力にいちばん期待していたのは、まぎれもないこの自分自身だったからです。

ここまで読んで、「わたしも努力して生きていこう」と思ってくださった方に、ぜひ伝えたいことがあります。それは、誰が否定してこようとも、自分だけは、努力をした自分を否定してはいけないということ。否定した瞬間、自分の歩みは完全にとまります。

誰もあなたの足をとめることはできません。最終的にとまることを選択するのは、やはり自分自身なのです。

努力するということは、自分の足で一歩でも前へと進んでいくという、無言の「意志表明」なのでしょう。