賞味期限の切れた食品は、ただちに食べられなくなるわけではない。では、いつまで食べられるのか。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「食品製造時の衛生環境や容器包装の種類、保存条件などによって、食品を安全に食べられる期間は大きく変わる。俗説を鵜吞みにするのは危険だ」という――。
キッチンで買い物リストを確認する女性
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わかりやすい数字は往々にして独り歩きするが…

私は何度も、「食品ロス削減のため、賞味期限切れを捨てないで」という記事を書いてきました。でも、食の安全と食品ロス削減、両立しないことはやっぱりあります。前編での消費者庁食品ロス削減推進室の堀部敦子課長補佐の言葉が忘れられません。「もったいないという気持ちはとても大事です。でも、食品ロス対策は科学的に行うべき。安全をおろそかにした食品ロス対策はあり得ません」

そうなのです。これまでの食中毒事例など考えれば考えるほど、昨今の「もったいないから、食べましょう」の風潮に賛成しつつも、「ちょっと怖いな。大きな事故につながらなければいいけれど」とも思えてくる。もう少し慎重に、でも科学的に、考えたい。

後編では、卵や牛乳、豆腐、塩辛などの事例で、さらに期限について考えます。

卵は、冬場であれば産卵から57日間は生で食べられる……。

近頃、テレビ番組やウェブメディア等でもちょくちょく報じられるようになりました。例えば「エシカルはおいしい」というウェブサイトの記事「冬場に生で食べられる卵の賞味期限は?」には、「日本卵業協会によれば、夏は産卵後16日、冬は57日以内とされています」という記述があります。わかりやすい数字は往々にして独り歩きしますが、危険です。冬場でも、57日間大丈夫とは言い切れません。

卵黄膜が弱くなるとサルモネラ属菌の増殖につながる

そもそも、57日間という数字はどこから出てきたのか? 食中毒を招くサルモネラ属菌が、殻の中で増殖を抑えられる期間です。生きている鶏はサルモネラ属菌を持っていることが多く、卵の中にも菌が入り込んでいる場合があります。食品安全委員会の研究では、市販鶏卵の汚染率は0.0029%程度。販売される10万個の卵のうち2.9個にはサルモネラ属菌がわずかな数ではありますが入っているという推定です。しかし、菌数が少なければ生で食べても食中毒にはつながりません。

卵の中で、サルモネラ属菌は卵白部分にいます。黄身を包み込んでいる卵黄膜は産卵からしばらくはしっかりしていますが、だんだんと弱くなり中の鉄などの成分が漏れ出します。これがサルモネラ属菌の栄養分となり増殖がはじまります。

したがって、卵黄膜から成分が漏れ出す前であれば大丈夫。卵黄膜は、温度が高いと弱体化が早まります。英国のTJ Humphrey博士が1990年代、研究して論文を発表しており、それに基づくと、下記の図表のような関係が成り立つとされています。

サルモネラ属菌の増殖が始まるまで、保存温度が10℃であれば57日、20℃であれば30日、30℃であれば13日……。だから、温度が10℃を下回る冬場であれば、57日間は生で食べられる、というわけです。