経済的に苦しかった「私と妻の実家はともに夜逃げ経験があるんです」
人生を歩む中で、人には大なり小なり「試練」が訪れる。
東京都足立区に生まれ育ち、私立中高一貫校に通い吹奏楽部で青春を謳歌した。一年間の浪人時代を経て、東京大学に進学し、現在、文学部4年の天馬さんは、一見すると誰もがうらやむ経歴だ。しかし、彼のこれまでの人生は試練という一言では収まらない波乱を抱えていた。だがそれが彼を強くした。
一つめの大きな試練は天馬さんというより、両親が抱えていた厳しい試練だ。
それはお金の話だ。世帯年収は天馬さんが小さい頃から、そして東大生となった今も「平均300万円台」だという。勤務意欲は父親も母親も十分にある。だが、後述するように双方の実家が営む仕事がうまくいかないという“負の遺産”を引き継がざるをえなかったことが、長年経済的な苦しさを抱える原因となっているのだ。
東大生の親の収入についての調査がある。東京大学の「学生生活実態調査」(2016年)によれば、東大生の親の年収で「950万円以上」は約6割だった。ある調査では45~54歳の男性の高収入層は1割程度であることを考えれば、東大生は生活水準がかなり高い家庭で育ったことは明らかだ。前出の東大の調査では、年収「450万円以下」は約1割。布施川家は、この範囲に入ることになる。
父の栄次さんが次のように告白する。
「実は、私と妻の実家はともに夜逃げ経験があるんです。妻の親は事業をしていて、妻が中学時代に夜逃げをして名古屋から東京に出てきました。妻は経済状況もあり、定時制高校に通い、中退しています。私の親もある事業をしていましたが、私が大学生の頃に失敗してしまい、私はアルバイトで生計を立てなければならなくなりました。ちょうど就職活動の時期でしたが、私はそれどころではなかった。何とか入った会社も業績が悪くなって、妻の親が経営していた会社のたこ焼き事業を手伝いました。ところが、それも……。食いつなぐために、深夜の倉庫の軽作業などもやりました。天馬が高3の時からは、デパートの催事場などで菓子類を販売する会社を立ち上げてなんとかやっています」
天馬さんが中学高校時代の家計状況は、特にどん底だったそうだ。ピンチの連続で、着る服もリサイクルショップで買っていた。当時、新品のユニクロの服なんて高嶺の花だった。そんな生活を送る中で、夫婦で話し合ったのは「負の連鎖を自分たちの代で断ち切ろう」ということ。
だから、天馬さんにはできる限りのことをやってやりたいというのが夫婦の共通の思いだった。