夫妻で、親子で「褒め合う」習慣で前を向く

そうはいっても、いかにして東大合格を勝ち取り、「負の連鎖」を断ち切れたのか? その秘訣を探ろうと、布施川家にどんな特徴があったか聞いてみた。

すると、生活が安定しない中でも、全員が変わらず続けていたことがあるという。

それは、「褒め合う」という習慣だ。天馬さんが「ウチはものすごい平和」だと語ることからわかるように、親子や夫婦の喧嘩がない。天馬さんは親から怒られた記憶は幼少期と小学校時代に2回しかない。美由起さんは言う。

「天馬が小学校時代から、受けたテストの点数がよければ『すごいねー』『あんた、やるねー』。スーパーの会計でお釣りの計算をできても『すご~い』って言っていましたね。家ではゲーム三昧で、部屋の片づけをしていなくて足の踏み場がなくても叱りませんね。私も片づけが上手ではないほうですし(笑)」

なぜ、こうした家族肯定力ともいえる文化ができたのか。栄次さんは、こう話した。

「おそらく妻の生活の智恵なんです。妻は私と違って、いつもポジティブ。ネガティブな言葉を口にしません。家計が苦しくても愚痴を吐きません。それは吐けば余計ネガティブになることを知っているから。だから、夫婦でよく話しているんです。『いいことは、口に出して褒めたりたり讃えたりして、喜びを何倍増しにしよう。悪いことが起きたら、そのことで厄は落ちたから、この後はもう悪いことは起きないって考えよう』って。お金が苦しい上に、夫婦や親子で喧嘩したら、やっていけなくなる。そんな暗黙の了解もあったのかもしれません」

どんな状況でも互いを褒め合い、前を向く。それが数々の試練をのりこえる力となり、最後には「東大合格」として実を結ぶことになる。

東大赤門
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私立中の体験に行ったら「とんとん拍子で特待生」の幸運

ポジティブな姿勢が引き寄せたのだろうか、天馬さんに「幸運」とも言えるターニングポイントが訪れる。私立中学の特待生として学費免除で通えることになったのだ。近所にある私立中高一貫校で行われたイベントに参加したことがきっかけだった。

「小6の夏休みに共栄学園中学で理科実験教室のようなイベントがあり、それに親子で参加したんです。その時、入試体験会のような名目で簡単な試験を受けたんですが、その日、学校からの帰りにラーメンと餃子を食べているときに『特待生で入学できる』と学校から連絡があったんです。突然の事態に、親も子も状況がよくわからなかったのですが、要は、学費なしで私立に通えるということで、共栄に進学することになりました」(天馬さん)

栄次さんは天馬さんを中高一貫校に通わせたいと思っていた。栄次さん自身、親の事業がうまくいかなくなる前には私立中高一貫校に通い、のびのびと青春時代を過ごした経験があるからだ。

「最初は、学費がかからずにいい教育が受けられる公立一貫校に入ってくれるといいなと思っていました。当時は天馬を進学塾に通わせる余裕はなかったので、通信教材をとって家で勉強をさせて受験させようと考えていました。ですが、全然やらないんですね。途中で通信教材もやめてしまいました」(栄次さん)

家から自転車で行ける距離にあるイベントに両親が連れて行かなかったら天馬さんは私立中学には入っていなかっただろう。