岸田奈美さんは「100文字で済むことを2000文字で伝える」をモットーにする異色の作家だ。障害のある母や弟のことからコーヒー売りのアルバイトの話まで、その独特の語り口が人気を集めている。2020年9月に刊行される初の著書から、岸田さんの代表作である「ブラジャーの話」をお届けしよう――。

※本稿は、岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)の一部を再編集したものです。

下着の女性マネキン
写真=iStock.com/Oleg Elkov
※写真はイメージです

「モテる女のアドバイス」には従う

わりと、こだわりの強いタイプだ。でもこれだけは決めている。

モテる女のアドバイスにだけは、一切のプライドをかなぐり捨て、従うことを。

東に評判のパーソナルトレーニングジムがあると聞けば、私財を投じてせ参じ。西に3キロやせ見えパンツがあると聞けば、電車を乗りついで手に入れる。流行りのファスティング(絶食)をした直後、肌によいというコラーゲン鍋をかっ込んで、東梅田のど真ん中で吐いたときは、さすがに情報にふりまわされすぎたと後悔したけど。

とにもかくにも、この3年間、モテるため、つつましやかにそんな感じ。

ブラジャーの試着に「1時間」

先日も、モテる女とつつましやかに飲む機会がありまして。新たな情報を手に入れた。

「ブラデリスニューヨークのブラジャーだけは絶対買うべき」

それで、行った。飲みが終わったその足で。フットワークすらも、ゆるふわを意識している。

ブラデリスニューヨークのお店に着くと、神田うのみたいな店員さんに出迎えられた。

「フィッティングに1時間ほどいただきますねー」

耳をね、疑った。

試着に1時間。

なんぼほど、ブラを脱ぎ着させられるのかと。おっぱいすり切れて、なくなるんちゃうかと。想像し震えるわたしを、試着室へといざなう神田うの。

重い2枚のカーテンの内側で、わたしは上半身すっぽんぽんになることを命じられ、採寸してもらった。

わたしは、ここ1年半ほどで、10キロ近く体重を落としていた。

体重が減ったら、胸が自然とボリュームダウンして、たまげた。格安の下着店でさらにセールを目ざとくねらい、2800円のブラを5種類買っては、永遠に着回す日々。

ちゃんと採寸なんてしてないから、胸とブラのすきまはカッパカパ。谷間も消失し、まるで中学生の付き合いたてカップルのように離れていく、右胸と左胸。

まあ、こんなもんかと。わたしはわたしなりに、折り合いをつけていた。