卓越したリーダーは、物語や比喩をつかって話すのがうまい。経営学者の野中郁次郎氏と竹内弘高氏はそう分析する。2人の新著から、アップル創業者のスティーブ・ジョブズと、ファーストリテイリングの柳井正社長のスピーチのポイントを紹介しよう――。

※本稿は、野中郁次郎、竹内弘高『ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

ニューデリーでの「ユニクロ」インド1号店オープンに際し、スピーチするファーストリテイリングの柳井正社長
写真=AFP/時事通信フォト
ニューデリーでの「ユニクロ」インド1号店オープンに際し、スピーチするファーストリテイリングの柳井正社長

人に本質を伝える力こそ必要だ

リーダーが素早く本質をつかめたとしても──つまり状況や、ものや、現象の背後に何があるかを素早く理解できたとしても──人々にその本質を伝えられないのなら、宝の持ち腐れである。リーダーには誰にでもわかる普遍的な言語で本質を伝える能力が求められる。ただし状況の本質はたいてい言葉では言い表しづらい。

そこでワイズリーダー(賢慮のリーダー)はメタファー(隠喩)や、物語や、その他の比喩表現を使って、幅広い事柄について、効果的に人々との意思の疎通を図ろうとする。そうすることで、今の状況も過去の経験もそれぞれに異なる個人や集団に、素早く直観的に本質を理解させられる。

リーダーは、レトリックにも熟達しなくてはいけない。野望やビジョンという形で表現されるレトリックには、人々の心を奮い立たせる力がある。レトリックは伝統的にはもっぱら政治の領域に限定されてきたが、意図的ないし戦略的な誘導を含め、人間のコミュニケーション全般にかかわるものである。本稿においては、個々の状況で効果的に伝え、説得し、意欲を引き出す方法を意味する。知識実践には相手に行動を促すこのレトリックが欠かせない。

どのようにレトリックを使えばいいのか?

レトリックが効果を発揮するのは、自分の言葉が相手にどう受け止められるかがわかったうえで、レトリックを使うときである。そのためには深い感情レベルで、相手の反応を感じ取れる能力が求められる。相手がどのように言葉を受け止め、どのように反応するかがわかれば、それをもとに、どのように話したらよいかを考えられる。

相手にこちらの言いたいことが伝わるようにするためには、自分の視点ばかりだけではなく、相手の視点にも立つことが重要になる。本質をつかむうえでは、ものや、現象や、経験の本質を感じ取る能力が何より肝心だとしたら、その本質を他者に伝えるということは、他者の本質的なダイナミクスをつかむことだといえる。