ジョブズのスピーチはなぜ学生の心を打ったのか

二〇〇五年のスタンフォード大学の卒業生たちは、ものを学ぶうえで一番大切なことを、ワイズリーダーから物語を通じて教わった。

二〇〇五年六月一二日、当時アップルとピクサーのCEOだったスティーブ・ジョブズは、全身を耳にして聴き入る学生たちに、自分の人生から三つの物語を紹介した。それらはまさに偶然と、個性と、選択が詰まった物語だった。「今日は、私がこれまで生きてきた経験から三つの話をしたいと思います。それだけです。たいしたことではありません。ただの三つの話です」と、ジョブズは話し始めた。それらの話は人生とは何かについての本質を伝えるものだった。学生たちは心の声に従うことをやめてはならない、いつまでも「ハングリーであれ、愚直であれ」というメッセージを受け取った。

一つ目の物語は、リード大学を半年で退学した経験についてだった。ジョブズはいったんは大学に入ったものの、自分を養子として引き取り、育ててくれた裕福ではない親に貯金を切り崩させてまで、大学に通う意味が見出せなかった。しかし退学後も一年半ほどは、大学に居座って、興味を引かれた講義を受けた。

「好きなものを見つけよ、探し続けよ」

その一つがカリグラフィーの講義だった。もしジョブズが大学を退学せず、カリグラフィーの講義に潜り込んでいなかったら、パソコンに現在のような美しいフォントは備わっていなかっただろう。ジョブズは学生たちに次のように語った。

「あらかじめ将来を見据えて、点と点をつなぎ合わせることはできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。ですから、今は、点と点とがいつか必ずつながると信じることしかできません。直感でも、運命でも、命でも、カルマでも、なんでもいいでしょう。とにかく信じることが大切です。私はこのやり方でこれまで後悔したことはありません。むしろ、今の私があるのはそのおかげだと思っています」

二つ目の物語は、自分が興した会社であるアップルから解雇された経験についてである。それは「ひどく苦い薬」だった。ジョブズは打ちひしがれた。先輩の起業家たちの期待を裏切ってしまったとも感じた。シリコンバレーから逃げ出そうとまで思った。しかし数カ月後、自分が打ち込んできた仕事が自分は心から好きだったことに気づいた。すると、もう一度、やり直そうという意欲が湧いてきた。

ジョブズはそれから五年の間にネクストとピクサーを相次いで設立し、やがてアップルにCEOとして華々しい凱旋を果たした。ジョブズはこの話をすることで、卒業生たちに好きなものを見つけよ、見つかるまでそれを探し続けよと励ました。