4月27日、刑事訴訟法改正案が国会で可決され、最高刑が死刑となる刑法罪の「時効」が廃止された。この10年、急速に進む厳罰化。そこには知られざる死角がある――。

[反対派] 弁護士 岩村智文

1943年生まれ。72年東北大学法学部卒業。76年司法試験2次試験合格。79年横浜弁護士会に入会。日本弁護士連合会では刑事法制委員会委員長、国の法制審議会では刑事法部会幹事などを歴任。川崎合同法律事務所所属。

[賛成派] 中央大学教授 椎橋隆幸

1946年生まれ。72年一橋大学大学院法学研究科博士課程中退。82年より現職。2008年より中大副学長。専門は刑事訴訟法。警察政策学会会長、法制審議会・刑事法部会長代行も務める。

過去の事件にも「遡って適用する」

殺人事件は増加していない!
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殺人事件は増加していない!

皇居の濠(ほり)と日比谷公園の樹々を見下ろすように聳(そび)え立つ東京・霞が関の中央合同庁舎6号館。最高検察庁や法務省などが入居する巨大庁舎の17階会議室で2月8日夕方、日本の刑事司法に歴史的転機をもたらす会合が開かれた。法務大臣の諮問機関である法制審議会の中にあって、公訴時効の見直しを議論した刑事法部会である。

法相の諮問を受けて刑法、民法など基本法に関する審議を行う法制審は、裁判官や検事、弁護士や学者らが委員となり、その答申は原則として法制化される。このうち公訴時効見直しの部会は昨年11月にスタートし、8回目となるこの日が最終会合だった。議論は賛否に分かれて白熱したが、終了直前に採決が行われ、法務省幹部はこう述べて議事に幕を下ろした。

「刑事司法の在り方に関わる非常に重要な課題でしたが、みなさまに多角的な見地から議論いただいたうえで、その成果として本部会の意見を賜ることができました」

殺人など重要犯罪に関する公訴時効は廃止する――。それが部会の結論だった。

公訴時効とは、発生から一定期間が経った犯罪は公訴の提起(起訴)を認めない制度である。長い時間が経過すれば証拠が散逸して公正な裁判が困難になる恐れが強いうえ、被害者側や社会の処罰感情が希薄化するなどの事情が根拠とされ、日本の刑事司法が明治期から維持してきたシステムだった。

しかし法制審は刑事法部会の結論を受け、2月24日に次のような答申を千葉景子法相に提出した。

(一)強盗殺人や殺人など、最高刑が死刑となる罪は現行25年の公訴時効を廃止する
 (二)それ以外に人を死亡させた罪は、時効期間を概ね現行の2倍に延長する
 (三)過去の事件でも、改正法の施行時点で時効未成立の事件は、遡ってこれを適用する

法務省がまとめた刑事訴訟法改正案などは間もなく国会提出され、さる4月27日に可決、成立した。すべては刑事法部会の結論を踏襲した内容だった。

前記したように、近代日本の刑事司法における公訴時効制度は、明治期の1880年に制定された「治罪法」に遡る。明治政府の法律顧問を長く務めたフランスの刑法学者ボアソナードが起草した治罪法は、現在の刑事訴訟法にあたる法規だが、ここで定められた時効制度は戦後の1948年に制定された刑事訴訟法も踏襲した。つまり日本が近代国家となって130年も維持されてきた制度に根本変革が加えられたのである。