こうした動きを後押しする最大の原動力となったのは、最近活動を活発化させた犯罪被害者団体の訴えだ。これに一部メディア報道が呼応し、法務省内で時効見直しの動きが始まり、各種世論調査でも時効廃止を求める声が急速に高まった。また、法制審の部会にも犯罪被害者団体の代表を務める弁護士が委員として参加し、激しい口調で時効廃止を訴え続けた。最終会合の議事録には被害者団体代表のこんな発言が記録されている。

「被害者は泣き寝入りしてきたのです。本来、応報権は自分たちにあるのではないか。それを国に譲った。その国が刑事罰を行使しませんというのは何事かというふうに、意識が極めて大きく変わった。国民も“逃げ得”は許さないと、このような気持ちになっている」

同部会で委員を務めた中央大学大学院の椎橋隆幸教授(刑事法)も公訴時効廃止に賛成の立場を取った。その椎橋教授は「被害者団体の果たした役割は特に大きかった」と振り返る。

「殺人事件などで子どもや親を亡くした被害者遺族の処罰感情は薄れないんです。むしろ時間の経過とともに処罰感情が強くなり、時効完成が間近になるといたたまれない気持ちになるという。証拠面でもDNA型鑑定の精度が高くなるなど技術的変化が進んだ。また、『逃げていたら得をするようなことが許されるのか』という被害者側の訴えや世論が強まり、今まで当然のこととして考えられてきた公訴時効の根拠というのが疑われるようになったんです」

しかし部会では、日弁連(日本弁護士連合会)出身の委員らから激しい反対論が噴出した。かつて法制審の委員を務め、日弁連の公訴時効検討ワーキンググループ座長でもあった岩村智文弁護士(横浜弁護士会)はこう指摘する。

「近代の刑事司法は、無辜(むこ)の人を一人たりとも有罪にしてはならないというのが基本思想です。仮に犯人と目される人が逃げおおせてしまったとしても、犯人でない人が冤罪に巻き込まれるようなことがあっては絶対にならない。しかし、時効が廃止されれば、その危険は確実に高まります」

岩村弁護士らが懸念するのはやはり、時間の経過とともに風化、散逸する関係者証言や証拠の問題だ。たとえば事件発生から50年も経ってから被疑者が起訴された場合、無実を訴えてもアリバイを裏付ける証拠、証言を見つけ出すのは困難を極める。あるいは犯行の事実関係を認めている被疑者であっても、そこに至るさまざまな事情や経緯に関する証拠、証言を集めることができるだろうか、と岩村弁護士は言う。

「DNA型鑑定の技術が進歩しても、それだけで有罪が立証されるわけではない。それに、2004年の刑訴法改正で殺人などの時効は15年から25年に延長されたばかり。この改正後に起きた事件は一件も時効になっておらず、改正の効果や影響も検証できていない。それなのに一気に時効廃止まで突き進むのは拙速に過ぎます」

(尾崎三朗=撮影)