第4回から第12回まで、拙著『容疑者ケインズ』からの抜粋に沿って、不況というものの原因とその対処をケインズがどのように考えたかを論じてきた。ここからは、第1回から第3回と同じく、この連載のための書き下ろしになる。最後2回分の書き下ろしでは、『容疑者ケインズ』で論じ損なったことについて、いくつか補足してみたい。

昨年以来の経済危機は、その実態を次第に露わにしていきている。すでに多くの人が職を失い、また、いくつかの名のある企業が倒産や清算の憂き目にあっている。そして、すべての人に、失業や所得減少の足音がひたひたと迫ってきている。

各国の政府と金融当局は、現在も、懸命に危機回避策を講じている。基本となるのは、金融機関の健全化と需要喚起策である。その効果あってか、ここ2、3ヶ月は株価を含む経済指標が落ち着きを取り戻してきているようにも見える。政治家や専門家などの間から「底打ち説」や「年度内U字回復説」などの声も多くなってきた。ぼく自身はといえば、それらの説にまだ賛同できる手応えはなく、「だったらいいな、という期待感」という感触でしかない。

なぜなら、データというのは、単に「今現在」を表している数字であり、決して「未来」を確約するものではない。「未来」を的確に予言できるものはいわゆる「科学理論」であるが、不況理論はまだ科学理論と呼べる段階にはない。だから、現在データを使った推測や歴史事例の参照は、単なる「占星術」とたいした差はないと思えるからだ。念のためにつけ加えると、ぼくは「占星術」を否定しているわけではない。現代の物理学を中心とした物質科学が構築される上で、それが大きな役割を果たしたことは疑いない事実だからだ。

そんな中、つい先日、政府の2009年度の補正予算案が衆院を通過した。過去最大となる約14兆円の予算だ。財源は、約11兆円の国債の追加発行によるらしい。もちろん、こういう「財政政策」の根拠は、ケインズ理論によって示されたものであり、この連載でも詳しく解説した。

ただ、この21世紀版のケインズ政策には、20世紀に見られなかった大きな特徴が一つある。

それは、「環境」への配慮である。オバマ政権による「グリーン・ニューディール」や今回の補正予算案での「エコ・ポイント」などがそれにあたる。

この連載でも指摘したが、20世紀のケインズ政策では景気対策の名のもとに環境破壊が横行した。これは、ケインズが口をすべらせた「穴を掘ってまた埋めるような政策でも失業手当よりマシ」という失言の、政治による悪用という面が否めない。それに対して、今回のケインズ政策では、逆に「環境保護型の政策」が打ち出されている。これは、前世紀の反省に起因して、ケインズ政策への理解が深まったことの現れと理解していいだろう。