新型コロナの影響を受け、離婚調停が延期になった

一方で、母親が利用中のデイサービスからは、「しっかり洗髪ができていないようです」「食べたものを床に吐き出します」「気に入らないことがあると暴言があります」と、逐一報告があり、自分が責められているように感じた。

母親のかかりつけの歯科医からは、「こんな状態で一人暮らしさせるなんてありえない。同居して毎日歯を磨いてやりなさい」と言われ、泣きたくなった。

金田さんは、孤独感と将来に対する不安、2軒分の家事と介護による疲れやストレスから、母親にきつくあたってしまうことが増える。すると息子から、「大変だと思うけど、そんな言い方はしない方がいいよ」とたしなめられた。

2019年9月。とうとう金田さんは、夫が出かけている間に、「連絡は弁護士を通してください」と置き手紙を残し、息子の協力を得て、母親の家に引っ越した。

「夫はプライドが高いので、私に帰ってきてほしいとは口が裂けても言わないと思います。ただ、『あれがない! これがない!』としつこくメールしてくるので、夫の留守中に対処しに自宅に戻りました。でも、弁護士から『もう命令されても従わないで!』と叱られてからは行っていません。夫は調停で『不貞はない』『離婚したくない』と言ったそうですが、慰謝料を払いたくないだけかもしれません」

2回目の調停では離婚に応じることになり、3回目の調停では夫にも弁護士がついた。財産分割でもめているタイミングで、新型コロナの影響を受け、調停が延期になった。

「壊れていく母」ゆるい便を部屋中にこすりつける

母親との同居を始めて、金田さんは愕然がくぜんとした。母親の認知症が、思ったより進んでいたからだ。

夜19時に布団に入ってから明け方まで、30分おきに起きては家の中を歩き回り、お菓子を食べ牛乳を飲む。虫歯が増え、牛乳の飲みすぎからお腹を壊し、ゆるい便が出るとパンツを脱ぎ、便を部屋中にこすりつけるように……。金田さんは、被害が大きくなる前に先回りして止めるよう、常に目を光らせていなければならなかった。

木製のテーブルの上に牛乳パックと、グラスに入った牛乳
写真=iStock.com/serezniy
※写真はイメージです

「母は、女学校時代は優等生。級長に選ばれ、大手商社の人事部に勤めていました。家事でも育児でも何でもできる母で、私の洋服も手作り。義理の両親と同居し、2人とも床ずれにすることなくしっかり介護し、自宅でみとりました。私は、母にはできないことはないと思っていたんです」

ところが現在の母親は、一日中大声でしゃべり、時々、奇声を発する、テレビの字幕を大声で読み、歌手に合わせてでたらめな歌詞で歌い、テレビに向かって「男のくせに泣くなバカ!」「そんなことしたらあかん! ボケ!」などと暴言を吐く。自分の行動をいちいち声に出し、車イスに乗せて出かけると、目にした表札の文字を一つひとつ大声で読み上げる。

「これが、勉強ができて、しっかり者で有名だった私の母。そう思うと残念で悲しくて悔しくて、私はいつしか『お母さん』と呼べなくなっていました。母を母と認められず、できるだけ離れていたいと思ってしまう、薄情な娘です」

金田さんは母親を、「おばあちゃん」と呼んでいる。すると母親は聞こえないふりをする。そしてぼそっと、「私はあんたのおばあちゃんやない。お母さんや」と背を向ける。母親は介護認定を受け直し、要介護3と認定された。

食事中、ジュルジュルと音を立てて食べ、口にさわるものはぺっと床に吐き出す母親に、金田さんは、「認知症なので仕方がない」と分かっていても、一緒に食事することができなくなる。

2019年の11月、息子は一人暮らしを始めた。