現役時代は国家公務員だった83歳の父親は、以前から母親に対して見下すような対応をしていたが、約5年前からはそれが暴力的なものに変わった。また、父親の自室は昔からゴミ屋敷のようになっていたが、最近は本人でさえ立ち入らない。41歳ひとりっ子の独身男性は、自分の時間を削って老親の世話をするようになった。実家を詳しく調べていくと、父親の退職金が消滅し、実印や自宅土地の権利書が行方不明であることもわかった。この家族はこれからどこに向かうのか――。
自分の手を保持
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※この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、未婚者や、配偶者と離婚や死別した人、また兄弟姉妹がいても介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

「お父さんの目つきが怖い」と訴える母親83歳

埼玉県在住、ウェブ制作会社で働く工藤琢磨さん(仮名・41歳)は、今年83歳になる両親と同居している。ひとりっ子で結婚経験はない。

父親は元国家公務員。母親は専業主婦だが、学生時代は英語の教職課程をとっており、40代半ばまでは自宅で子どもたちに英語を教えていた。

母親は40代の頃に三叉神経痛を患い、手術を行ったが後遺症をもたらし、片目だけものが二重に見えるようになってしまった。また、遺伝的な特性から60代半ば以降、聴力が急速に衰え、最近は普通の人の5分の1ほどの聴力しかなくなっていた。

両親は昔から夫婦げんかをすることはあったが、父親はどんなに腹を立てていても、手を上げたり物を壊したりすることはなかった。

しかし約5年前から、壁を蹴ったり殴ったりすることが増え、言動が暴力的に変わっていく。やがて母親は工藤さんに、「お父さんの目つきが怖い」と訴えるようになる。

「父は若い頃から、自分のことは話さない秘密主義です。異常なほどの完璧主義者でこだわりが強く、手の指から足の指まで、一本一本丁寧に洗うのでものすごく長風呂です。自分のミスは平気ですが、他人がミスをするとあからさまにいらつき、こちらがミスを指摘すると認めず、絶対に謝りません。構われるとすぐに声を荒らげ、周りが真剣に質問しても自分にとって不都合なことはとぼけて答えをはぐらかすことも。外面は良いですが、母に対しては常に見下した態度で、母が体調を崩して寝込んでも無視。高齢になって症状が進んだ母の聴覚障害に関しても気遣いは一切なく、母が傷つくようなことを平気で言います」

小さい頃から違和感を抱いていた工藤さんは、大人になるにつれて父親の言動が特異なものであることに気づく。

ネットや本などで「アスペルガー症候群」と「強迫性人格障害」という障害を知り、調べれば調べるほど父親と重なる部分が多いように感じ、「高齢になるとその症状や特徴が強くなるのかもしれない」と思っていた。

アスペルガーの疑いのある父親がアルツハイマー型認知症と診断された

そして2016年5月。父親の暴力的な言動が増えてから1年が経過した頃だった。

80歳手前の父親は虫歯と過敏性腸炎を患い、自分で歯科と内科に通院していたが、一向に良くならない。食欲が落ち、見るからに痩せていくのを母親が心配する。

父親は、母親や工藤さんが体を気遣っても、「大丈夫だ!」と言って怒るだけ。

同年6月になって工藤さんは、父親が通う内科に行き、事情を話して病状を教えてもらい、その流れで、最近の言動のおかしさと認知症の可能性を訴えた。すると、地元の医療センターでCTを撮ることになる。

結果、父親はアルツハイマー型認知症と診断された。その際、もの忘れ診療を紹介されたため、工藤さんは医師に、父親がアスペルガー症候群か強迫性障害の可能性があるかを聞いてみた。

「2人の精神科医のうち、1人は『強迫性障害の気が強い』と答え、もう1人は『認知症になってからの診断は不可能なのでわからないが、アスペルガーの可能性は強いと感じる』と答えました。私と母の話がベースとなっているので医学的な根拠は乏しいかもしれませんが、強迫性障害かつアスペルガーである可能性は高いと感じています」