父親は中国人留学生の身元保証人になり、多額のお金を貸していた
ようやく父親のパソコンデスク周辺の片付けにたどり着いた頃、工藤さんは興味深いことに気づいた。予定を記したメモや、書類を整理しようとした痕跡を見つけたのだ。工藤さんは父親のパソコンを引き継ぎ、メールを確認した。すると、野良猫を世話するボランティア仲間の女性にだけは、「物忘れが激しくなった」とメールでぼやいていた。
「父は、物忘れが激しくなった自分を冷静に把握した上で、書類を整理しようとしたり、予定を忘れないようにメモしたりしていたようです。父は昔から、自分の正直な気持ちや考えを家族には絶対に言いませんでした。認知症と診断されてから、これまでしてきた隠し事が露呈し始め、認知症を逃げに使うようになりました。退職金の件もそうです。詳しく聞こうとすると怒り狂い、知らぬ存ぜぬの一点張りでした」
退職金の行方は、最近になって分かった。
父親は国家公務員を定年後、教職に就いており、そこで中国人留学生たちに出会った。彼らの身元保証人のような立場になり、多額のお金を貸していたのだ。このことは彼らの一人が何らかのトラブルに関与し、警察から連絡が来たことで判明した。
「重要なことを家族への相談もなしに進め、それらが後々発覚する度に、裏切られたような気持ちになりました。父の部屋はまともだった頃の父の思考を知る最後の砦みたいなものなので、多少時間はかかっても慎重に片付けようと思っていましたが、最後まで自分勝手な父の都合に合わせるのがだんだんバカらしくなり、母や私に関わるものでなければガンガン捨てるようにしています」
隠し事が露呈する度に父親は「別にワシはお前らに分かってもらわんでもいい!」と言って逆切れした。
父親の部屋を片付けながら工藤さんは、「言われなくても、もう父さんを理解しようなんて思わないよ」と心の中でつぶやいていた。
アスペルガーの親を介護するということ
2018年6月。がんの頃からお世話になっている内科医から、「嘘ばかりで正しい診察ができない」「こちらの話をまともに聞かない」などの理由でさじを投げられる。
この頃父親は、15分前の出来事さえ記憶していない状態になっていた。その上、嘘や隠し事、母親を罵倒することがますます増えたため、度々母親は体調を崩すようになる。「このままでは母が先につぶれてしまう」と思った工藤さんは、「年寄り扱いするな!」と怒る父親を粘り強く説得し、2019年5月からデイサービスに通わせ始めた。
昔から父親は、床に小さな綿ゴミのようなものが落ちていると、他の家事をしている最中であろうがお構いなしに、「これは何だ?」と指をさして母親の手を止めさせた。母親が綿ゴミを捨て、もとの家事に戻ると、さらに別のゴミを見つけて、また「これは何だ?」と繰り返す。これが認知症により、エスカレートしている。
反論されれば、「言われる前に完璧に掃除していたら問題ないんだ!」と怒り狂う始末。
母親は視力と聴力だけでなく、60代後半から片足を悪くしているが、父親が気遣うことは一切なく、外出先でも人前でも母親のことを大声でののしる。
最近母親は、もの忘れ診療の医師に、父親の傍若無人ぶりに付き合ってきた「自分の人生がやるせない」とこぼした。
「医師は、独自の理論なのか、アスペルガーは病気ではなく『特性』であるといった説明をしました。大小さまざまな摩擦を引き起こすことはあっても、社会全体で見たら大きなトラブルはなく、アスペルガーの偉人もいる……と。とはいえ、介護はする側、される側が安定した生活を送ることが必須だと思うので、『特性』によって長年にわたり傷つけられてきた母のことを思うと、気の毒になりました」