そして、言葉とは裏腹な母親の日頃の満たされなさを感じ取り、自分が全運命を預けている気まぐれな大人に不安を抱く。そんな、人を見抜いてしまう子どもならではの悲しみもあれば、子どもができて自由を奪われたくないと泣いた佐野さんが、赤ん坊を産んでからは母性の化け物のようになった自分を見つめるシーンもある。ひたすら周囲を観察し、人に憧れたり美しいものに心を寄せたりする。自分の中にあるさみしさ、いやらしさに対してとことん正直で、自分に残酷。それなのに、なおかつ頑な人ではないと思う。

感動の裏にある闇を見つめるばか正直さ

言葉や行動を何も考えずに繰り出せる人もいれば、佐野さんのように唇をかんで失敗を忘れられない人もいる。何かをほしい気持ちがどん欲だからこそ手に入らずに憧れるつらさ。精一杯、人生を駆け抜けて、振り返って残ったものを手繰り寄せながら書いているような感触が、本書には感じられる。

佐野洋子『私の猫たち許してほしい』(ちくま文庫)
佐野洋子『私の猫たち許してほしい』(ちくま文庫)

100万回生きたねこ』のファンが勢い込んでページを繰ってみると、最初はがっかりする部分があるかもしれない。佐野さんははじめ猫が好きではなかったという。何もかもわかっているような顔をした猫を、薄気味悪く思ったのか。あるいは、ちいさい頃に兄と片目の猫を屋根に放り投げて、くるっと着地できるか実験した残酷な自分を怖がっていたのかもしれない。しかし、自己愛に完全に耽溺できないからこそ、自分の心の黒さにも気づいてしまうからこそ、あの名作を書けたのではないか。

感動の裏にはきれいなものだけでなく、闇と、それを見つめるばか正直さが必要なのだ。自粛のおこもり生活の間に、こんなエッセーとともに子どもの絵本を手にとってみてはいかがだろうか。

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