張本邦雄

1951年、東京・両国生まれ。73年に早稲田大学商学部を卒業して、東陶機器(現TOTO)に入社。以後、営業畑を歩む。2009年4月に社長に就任。国内のリモデル(リフォーム)事業や海外住設事業、オンリーワン技術の開発を強化する「Vプラン 2017」を実施している。朝が弱く、新入社員ながらタクシー通勤をしていた。料理は食べるのも作るのも大好きで、弊社発行の食雑誌「dancyu(ダンチュウ)」の愛読者。今もカバンの中に、行ってみたい店の資料が4軒分ほど入っている。


 

齢58にして、単身赴任するとは思わなかった。昨年4月にTOTOの社長に就任したので、月の半分は本社のある北九州市小倉で過ごしている。それまで、東京、千葉ばかりに暮らしていたので、少々勝手が違う。

小倉はいい町で、人情に厚く住みやすいし、食べ物も美味しい。が、如何せん、町が小さい。TOTOの社長として顔が知られてしまうと、どこにいてもよく声をかけられる。

スーパーで3割引きの商品を買ったりすると、翌日には噂になっている。肉料理が好きで、洋食屋を探して出かけたが、小さな店なので周りの視線が気になった。しかも、夜は洋食居酒屋に変わるので、「デミグラスソースのかかったオムライスは昼だけです」という具合だ。

飲み屋街も、東京あたりに比べるとこぢんまりとしていて、私くらいの年齢の者が行く店もほとんど決まってしまう。もちろん、行けば地元の人と会うので、プライベートでゆったりと過ごせるわけではない。間違っても、きれいなお姐さんと歩くことなどできない。

気の休まる場所といえば、やはり家の中だ。若い頃から料理が趣味で、自分でもよく作っていた。単身赴任中の今も、平日こそ会食が多いが、週末にはキッチンに向かう。

中華の炒め物には、ちょっと自信があって、チャーハンなんかは玄人はだしではないかと自惚れている。というのも、女房と中華料理店に出掛けたときに「普段、家で食べている(つまり私の作っている)チャーハンと同じね」と言っていたからだ。

チャーハンのご飯をパラパラにするために「強い火力で鍋に押し付けるように炒めるのがコツ」などと言われるが、私のやり方は違う。炒めるときに、酒(できれば紹興酒)をかけるのだ。水分が多くなり、ベトベトになると思われがちだが、そんなことはない。焼きそばの麺をほぐすときに、水を差すのと同じ要領である。

味付けは、調味料をひと通り揃えて、自分の舌を頼りに調える。30代の頃はレシピどおり作っていたが、今は計量スプーンも使わない。醤油、酢、みりんなどの基本調味料のほか、一味唐辛子、豆板醤、甜麺醤、タバスコなんかをよく使う。

数年前、今家族が住む東京のマンションに引っ越す折に、使い込んだ北京鍋を「汚くて、大きくて、邪魔だ」と女房に捨てられた。ならばと、チタン製の北京鍋を新調した。これなら軽いし、きれいだ。むしろ軽すぎて振りにくかったのだが我慢した。

ところが、そのチタン鍋も、単身赴任の最中に捨てられてしまった。これはショックだった。なんてことをしてくれるんだ。今度マンションを改装するので、それが成った暁には、絶対に新しい北京鍋を買おうと、心に決めている。