明石 康
1931年、秋田県生まれ。東京大学、同大学院を経て、バージニア大学、タフツ大学フレッチャースクール、コロンビア大学に留学。57年に日本人で初めて国連職員に採用された。79年から国連事務次長。以後、カンボジアでの暫定統治や旧ユーゴスラビアでの和平交渉に当たった。97年末に国連を退官。現在は、スリランカ平和構築及び復旧・復興担当日本政府代表を、無給で務めている。大のラーメン好きで、海外ではインスタントラーメンも。お酒は「和食には、冷やや熱燗よりも、ぬる燗がいい」。
ニューヨークの国連ビルの近くに、かつていい日本料理店が一軒あって、私もよく利用しました。個室もたくさんあり、各国の要人を招き懇談するのにも便利でした。国連で議決が行われるときなどには、日本への支持を約束してもらおうと、しばしば食事に誘ったものです。国連外交においてはこうした行動は認められていますから。
それぞれの国の人が自国に誇りを持ち、その魅力を宣伝して、他国と協力する分野を増やしていく。それが外交というものでしょう。だから、大いにお国自慢はするべきだし、やらないと無視されます。
日本料理はその点、優れた宣伝材料です。美味しいし、健康にもいい。日本の文化を伝えることにもなります。だから私は海外で外国人を招くときは日本料理を出すことにしていました。ただ、同時に日本人のお客も多いので、ありきたりの日本料理では喜んでもらえません。そこで、私は生まれ故郷の秋田の郷土料理で、もてなすようにしていました。きりたんぽ鍋や、しょっつる鍋です。しょっつるは少し癖があるので、きりたんぽのほうが多かったでしょうか。
料理は外交でも大きな役割を果たすものです。難航している交渉でも、会議から食事に移るとリラックスした雰囲気になります。相手の自慢の料理を褒めたりすると、とても気難しかった人がにこやかな表情になる。食後のカクテルを二人きりで部屋の隅で飲みながら本音の話もできるようになります。幾度も、食事をきっかけに事態を打開したものです。
私は海外ではできるだけ現地の料理を食べるようにしていました。丹精込められた料理というのは、どこの国に行っても美味しいものです。あまり格式ばったとり澄ましたレストランよりも、地元の人が喜んで行くような店を目当てにして。だから私は「土地の料理」主義者です。
現在、スリランカ平和構築及び復旧・復興担当日本政府代表を務めているのでしばしば現地を訪れますが、あそこのカレーはとても美味しいし、種類も豊富です。日本でインドやスリランカのカレーというと、やたらと辛いものだと思われがちですが、とんでもない誤解です。スリランカでは、香辛料を巧みに混ぜ合わせて、様々なカレーを作ります。具材も、チキン、ビーフ、ラム、さらには野菜や穀物だけのカレーもあります。
スリランカの地方を視察に行った際、ふと立ち寄った料理屋さんの食べ物が、とても美味しいことがあります。田舎の料理は、都会の料理よりも素朴で、やさしさがこもっている。そういう店で食事をして、お金を払おうとしたら、「あなたはスリランカの平和のために仕事をしてくれているんだから、お金は取れない」と言われたことがありました。胸が詰まったのを覚えています。