伊藤雅俊

1947年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。「グローバルに仕事がしたい」と、71年味の素入社。食品部長などを経て、99年取締役。2005年常務執行役員、06年食品カンパニープレジデント。食品部門時代には、海外企業との提携やM&Aを数多く成功させた。創業100年にあたる09年、同社12代目の代表取締役社長に就任。創業来のDNAである「うま味=UMAMI」の素晴らしさを世界に伝える努力を続ける。趣味は料理。腕前は玄人はだしで、和洋中のレパートリーも極めて豊富だ。


 

気に入った店には通い詰めるタイプで、だからどちらの店ともずいぶんと長いお付き合いになります。

「与志乃」とはかれこれ30年。私は池波正太郎のファンで、池波さんのエッセイにこの店が出てくる。それが実においしそうでして。会社も近いし、給料が出たときに思い切って暖簾をくぐりました。やがて味と店の雰囲気が好きで通うようになりました。先代が粋で一本気で、やさしくてね。その空気が今でも変わらずに受け継がれています。

天ぷらの「天真」にも20年通っています。ご夫婦でやっていて、ここもすごく雰囲気がいい。店主がワインに詳しくて、天ぷらに合わせてくれる。飲みたいと思っていた銘柄があったり。ここは開店当初からワインを出しているんです。

こういった店で得られたインスピレーションを、どう仕事に役立てるか。職業柄、よくそんな質問をもらうわけですが、ひたすらおいしいと思って味わっているだけ(笑)。

もちろん考えることはあります。寿司でも天ぷらでも海老を使いますね。共通のネタだけれども、料理の仕方が対極的に違います。でもどちらも、さっと手を加えて、素材の味を引き出している。そういうところは、勉強になりますね。

「深めていくこと」がプロの仕事だな、と感じます。時代が移ろい、流行が変わっても、範囲を広げずに深めていく。料理はどんどん進化していくから、お寿司でも天ぷらでも新しいやり方が出てくるでしょう。でも、頑として変えない。日々、同じことをやり続けて技を深めていく。

私は与志乃の寿司飯の味が気に入っているんですが、「なあに、塩と砂糖と酢と、酒を少しばかり。特別なシャリじゃありませんよ」などとご主人はさらっと言う。しかし、私が同じ調合で寿司飯をつくったとしても、決して同じ味にはなりません。ここにプロの凄みがある。与志乃に汁物がないのは、寿司飯にしっかりと味があるから。だからお茶で食べるのが一番なんですね。

こういった例を出すまでもなく、日本には「うま味」という文化がある。これを「UMAMI」として世界に広げていくことが、私どもの使命の一つだと思っています。

しかし、ある国に「UMAMI」を浸透させるには時間がかかります。スーパーマーケットの棚に商品を並べればいい、ということではダメなんですね。現地の市場で料理教室を開くようなことを地道にやって、しっかりと根を下ろしていかなくてはいけない。一つの文化を根付かせるためには、時間をかけて深めていくよりほかありません。

与志乃や天真の仕事ぶりを味わいながら、そういう思いをより強くしています。