EUは膠着状態に陥っている

EUでは、欧州司法裁判所が2018年7月、「突然変異誘発に由来する生物は原則として遺伝子組換え生物であり、遺伝子組換え生物指令の法的義務を負う。ただし、従来から多く利用されてきた突然変異誘発技術は除外する」と裁定を出しました。EUは、遺伝子組換え作物をわずかしか認めていません。要するにゲノム編集も遺伝子組換えと同様に厳しく対処する、ということだ、と反対派消費者団体等は勝利宣言しました。

ただし、これは法的な条文の解釈に基づく判断で、ゲノム編集に科学的なリスクがあるかどうかを検討した結果ではありません。しかも、指令は20年以上前、ゲノム編集技術は想定していなかった時代に作られた法律です。

そのため、EUの科学者はさまざまな形で反対の声を上げており、この7月にも117の研究機関が合同で、規制を近代化してほしい、とする見解を表明しました。EUは、ゲノム編集食品の具体的な規制の方法についてはなにも決まらず、膠着状態に陥っています。

新技術に科学的な判断を

結局のところ、ゲノム編集食品について具体的なリスクを明確にしている科学者はいません。どの批判も今のところ、「可能性がある」という言い方にとどまっています。

人が意図して変異させることから「設計の思想がある以上、製造物責任を問うべきだ」「倫理的な問題がある」という指摘もありますが、従来の交配や突然変異育種などの品種改良も、程度の差はあれ人為的であり、設計が行われています。ゲノム編集のみ特別視する理由は明確ではありません。

日本育種学会は18年秋、国に対して「ゲノム編集技術によるすぐれた品種が速やかに社会実装できる環境を整えてほしい」とする声明文を公表しました。ゲノム編集はまだ歴史の浅い新技術なので、不安を覚えるのも当然の感情かもしれません。しかし、地球上での食糧増産や気候変動対策などの重要性も見据え、科学的な根拠に基づく判断が求められています。

<参考文献>
農林水産省農林水産技術会議・ゲノム編集技術
http://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/genom_editting.htm
厚生労働省・ゲノム編集技術応用食品等
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bio/genomed/index_00012.html
農林水産省・新たな育種技術を用いて作出された生物の取扱いについて
http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/tetuduki/nbt.html
厚労省・2018年11月19日薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会
新開発食品調査部会 遺伝子組換え食品等調査会 議事録
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000035500_00004.html
コロンビア大の研究者らが、ゲノム編集はオフターゲット変異を多数引き起こすと論文で主張したが、問題があるとして取り下げた
https://www.cuimc.columbia.edu/news/crispr-gene-editing-can-cause-hundreds-unintended-mutations
筑波大学遺伝子実験センター・遺伝子組換え基礎技術開発研究分野/江面浩グループ
https://gene.t-pirc.tsukuba.ac.jp/research/ezura/
ゲノム編集による高オレイン酸大豆を開発したCalyxt社のページ
https://calyxt.com/growers/
ゲノム編集レタスに対する米農務省の判断
https://www.aphis.usda.gov/biotechnology/downloads/reg_loi/18-243-01_air_response_signed.pdf
欧州司法裁判所による裁定
http://curia.europa.eu/juris/liste.jsf?num=C-528/16&language=EN
欧州司法裁判所の裁定を報じる『Nature』誌のニュース
https://www.nature.com/articles/d41586-018-05814-6
117の研究機関によるEUの規制近代化を求める声明
https://www.mpg.de/13761643/scientists-call-for-modernization-of-the-european-genetic-engineering-law
日本育種学会の声明文
https://www.nacos.com/jsb/02/02PDF/20181001_JSBseimei.pdf
毎日新聞2019年6月6日付発言欄・塚谷裕一・東京大大学院理学系研究科教授「ゲノム編集食品解禁への危惧」

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