たまたま似た塩基配列があった場合にオフターゲット変異が起こる

ゲノム編集に反対する団体や科学者等が必ず持ち出すのがオフターゲット変異です。ゲノムの狙った部位以外のところを切ってしまう現象です。

ゲノム編集で現在よく用いられるCRISPR/Cas9のシステムは、ゲノムの中の20塩基程度の配列が一致したところにガイドRNAというものがくっつき、Cas9という酵素でDNAを切る仕組みです。塩基は4種類ありそれが20個並んだ配列なので、4の20乗=1兆通り以上の並び方があります。しかし、CRISPR/Cas9で切断できるのは、基本的には1通りだけ。つまり、1兆分の1の確率で一致した特定の部位を切る、というのがゲノム編集です。

しかし、ゲノムの中に20塩基分、まったく同じ配列のところがあれば、CRISPR/Cas9は区別できず、狙ったところでなくても切ってしまいます。

ゲノムの中に、まったく同じ20塩基配列がある、という可能性は非常に低いのですが、どの生物においてもまったくない、とは言えません。さらに、20塩基の配列中、1塩基とか2塩基が違っている配列にくっついてDNAを切ってしまう場合があります。これがオフターゲット変異です。どこでも構わず切ってしまう現象、と思っている人がいますが、それは間違い。あくまでも、狙ったところに極めてよく似たところを切ってしまう現象です。

医療の分野でゲノム編集技術を用いる場合、オフターゲット変異は非常に大きな問題となり得ます。DNAの狙った部位を切り遺伝子を変異させるハサミの仕組みを直接、患者の体内に入れる、というような治療も検討されているからです。たしかにリスクはあります。

一方、農業や水産業による品種改良、とくに植物については、異なります。ゲノム編集をした直後のものをそのまま実用化することはまずなく、品種として確立するための戻し交配や不良形質を取り除くための選抜などを行います。そのため、その過程でオフターゲット変異は取り除けているだろう、と推測できるのです。

従来の品種改良でも、DNAのさまざまなところが切れたりつなげられたりミックスされたりして、ゲノム編集で言うところのオフターゲット変異は起きています。しかし、その後の工程で取り除かれ、問題は起きていません。

こうした経験則から、品種改良におけるオフターゲット変異は十分に気をつけるべきだが、現実には問題が起こりにくいと考えられています。

加えて、かなりの数の生物種で、ゲノム解読が終わっており99%以上の塩基配列がわかっています。そのため、ゲノム編集を行う前に、狙った20塩基の配列と同じ配列や似た配列がないか調べ、ないことを確認してからゲノム編集を実行したり、事後狙っていなかったところに変異が入っていないことを確認したり、というような作業も行われます。つまり、品種改良においては、リスク対策が講じられています。

ところが、医療分野と品種改良でゲノム編集技術の使い方が違い、影響の意味合いがまったく異なることが知られていません。そのために、医療分野での危機感をそのまま、「ゲノム編集食品は危ない」という論理につなげてしまう人が、有識者も含め少なくありません。

「がんを促進」は論文の誤読

厚労省がゲノム編集食品の取り扱いを審議会に設置した調査会で審議した時、ゲノム編集に反対する急先鋒せんぽうの消費者団体がヒアリングに応じ、「CRISPR/Cas9は、変化に対応していろいろなところを切ってしまう」「オフターゲット変異が大規模に起きる」「ゲノム編集はがんを促進する」などと主張しました。

しかし、ほぼすべての指摘に対して、複数の科学者が「それは、科学的には間違い」「誤解している」などと否定しました。気になる「がんを促進」というのは、論文の誤読です。