※本稿は、進士素丸『文豪どうかしてる逸話集』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
メロスとはほど遠い太宰治の「友情」
処刑を受ける自分の人質となって待っている友人のためにひたすら走り、暴君の王を感動させ改心させてしまうほどの友情の美しさを描いた太宰治の名作『走れメロス』。実はこのお話は太宰の実際の経験に基づいて書かれていると言われていますが、その結末は小説とはかなり異なった、なかなかに酷いものでした。
太宰が執筆のために、熱海の旅館に籠っていた時のこと。
遊びすぎて宿泊費が払えなくなった太宰は、奥さんに「金を用意してくれ」と連絡し、頼まれた奥さんは、太宰の親友でもある作家の檀一雄にお金を託します。
しかし、檀が熱海に到着すると奥さんに持たされたお金をすべて飲み明かして使ってしまうふたり。
「今度は菊池寛に金を借りてくる」と出かけようとすると、「そのまま逃げる気じゃ?」と旅館の番頭に言われ、人質として檀を旅館に置き去りにしたまま太宰は東京に戻ってしまいます。
しかし、待てど暮らせど戻ってくる気配のない太宰。なんとか番頭を説き伏せて東京に戻った檀一雄は怒り心頭で太宰を探し回り、井伏鱒二の家へ乗り込みます。そこで見たのは、のんびり将棋を指していた太宰の姿。
「あんまりじゃないか!」と荒ぶる檀に、太宰は一言こう言い放ったのでした。「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」。