「国民と対話している」意識が感じられない

これまで記者として、記者クラブ制度の恩恵を受けてきたが、どの記者クラブにも属さなくなってからは、この制度の問題点を感じるようになった。権力とメディアとのあるべき緊張関係が、記者クラブ制度の中の番記者制度によってなくなってはいないか。知る権利を守るべき記者たちが、権力側に都合のいいように使われてはいないか?

そういった危機感をより強く感じるようになったのが、2017年から出続けている菅官房長官の会見だ。

「カミソリ」の異名をもった後藤田正晴官房長官の番記者を1986年から1987年まで務めた元北海道新聞記者の佐藤正人さんから話を聞いた。

後藤田氏の会見ではクラブ員であれば、官房長官番の記者だけに限らず、だれもが自由に質問していたそうだ。時に厳しい質問があっても、後藤田氏はその場で臨機応変に対応し、自分の言葉で答弁した。

国家を代表して国民と対話しているという意識が後藤田さんにはあった。それが品格ある会見になっていた。

アメリカのホワイトハウスの会見は、参加メディアの制限はあるが、新興メディアも自由に質問している。トランプ大統領は1日あたり1、2回の記者のぶら下がりに応じている。もちろん、事前質問は一切ない。一方、安倍晋三首相の官邸会見は年に4回程度。受け付ける質問は毎回5問程度しかない。説明責任を果たしているとは決していえない状況だ。

「慰安婦」の表現を変えたジャパンタイムズ

2017年10月に刊行した『新聞記者』(角川新書)では、記者会見場で後押しする記者が少しだがいる、と書いた。そのうちの一人、ジャパンタイムズの名物編集委員の吉田玲滋さんは2017年9月ごろから会見場に来なくなった。ジャパンタイムズの親会社が2017年6月に変わったことと無縁ではないと思っていた。

その予想をはるかに超える記事が、2019年1月25日にロイター通信から配信された。

焦点:『慰安婦』など表記変更 ジャパンタイムズで何が起きたか」だ。私はこれを読み、衝撃を受けた。

そこにはこのように記されていた。

今後、ジャパンタイムズは徴用工を「forced laborers(強制された労働者)」ではなく「戦時中の労働者(wartime laborers)」と表現する。慰安婦については「日本の軍隊に性行為の提供を強制された女性たち(women who were forced to provide sex for Japanese troops)」としてきた説明を変え、「意思に反してそうした者も含め、戦時中の娼館で日本兵に性行為を提供するために働いた女性たち(women who worked in wartime brothels,including those who did so against their will, to provide sex to Japanese soldiers)」との表現にする。
こうした編集上層部の決定に、それまでの同紙のリベラルな論調を是としてきた記者たちは猛反発した。
(中略)
安倍晋三政権に批判的だったコラムニストの記事の定期掲載をやめてから、安倍首相との単独会見が実現し、「政府系の広告はドカッと増えている」と編集企画スタッフが発言すると、「それはジャーナリズム的には致命的だ」との声も。翌日に開かれた同社のオーナーである末松弥奈子会長とのミーティングでは、発言の途中で感情的になって泣き出す記者もいるほどだった。