神、宇宙移民、時間旅行……最高の知性からの回答集
「世界で最も優れた科学者」ホーキング博士の最後の著作が出た。彼が生涯追い求めてきた究極の問い(ビッグ・クエスチョン)への回答集である。「神は存在するのか?」から始まる全10章の第7章「人間は地球で生きていくべきなのか?」に、評者の専門である地球科学に関する鋭い指摘があった。「差し迫った危機は、制御不能になった気候変動です。海洋の水温が上昇すれば氷冠が溶け、大量の二酸化炭素が放出されるでしょう」(180ページ)。
こうした喫緊の地球温暖化問題とともに、博士は大胆な未来予測も行う。「いまこそ、太陽系以外の恒星系の探索に踏み出すべきときだ。(中略)人類は地球を離れる必要があると私は確信している」(169ページ)。
進行中の太陽系外惑星探査プロジェクトに並々ならぬ関心を寄せる。人類は宇宙で特別な存在か、生命が維持可能な第2の地球はあるか、という根本的な問いに答える重要な研究だからである。
そして彼の研究成果は、SF小説でおなじみのタイムマシンにも関わる。過去や未来へ時間旅行するタイムトラベルを、現代物理学は否定する。これについて博士は茶目っ気のある実験をした。タイムトラベラーをもてなすパーティーを開いたのだが、博士は用意した招待状を会の終了後に出した。本物のタイムトラベラーなら、未来の招待状を読んで来るはずだからだ。
結局、パーティーには誰も来なかったのだが、彼はこう語る。「私はがっかりしたけれど、驚きはしませんでした。というのも私は(中略)タイムトラベルが不可能であることを示していたからです」(160ページ)。つまり、物理学者として一般相対性理論を心底から信じつつも、「ひょっとして?」と思って実験を行ったのだ。
博士はこう記す。「私の仮説のひとつがまちがっていたとわかったなら、うれしかったのですが」(同ページ)。ウイットに富む見事な発言ではないか。本物の科学者は、たとえ自分の立てた仮説が誤りでも、知的世界が拓けることを望むのだ。そして「科学上の次の大発見が、どの分野でなされるか、そして誰がそれを成し遂げるのかはわからない」(227ページ)と言う。そもそも「想定外」が起きるのが科学の世界なのである。地球科学もまったく同じで、地球を含む宇宙全体が「偶然の結果」、今のような姿となったからだ。
最後に博士は力強く語りかける。「人生がどれほど困難なものに思えても、あなたにできること、そしてうまくやれることはきっとある。大切なのはあきらめないことだ」(同ページ)。
全身の筋肉が動かなくなる難病にもかかわらず、「自分に今できること」を徹底的に考え抜き、かつ果敢に行動した現代最高の知性からの贈り物が、ここにある。
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。97年より現職。理学博士。専門は火山学、地球科学。著書に『座右の古典』(ちくま文庫)、『理科系の読書術』(中公新書)、『読まずにすませる読書術』(SB新書)、『火山噴火』(岩波新書)など。