組織が陥りがちな「プッシュ戦略」の罠
──過去に成功した解決策を、「プッシュ(押し売り)」することを組織はついやりがちです。私たちが「プル(引き込む)」マインドセットに切り替えていくためにできることはありますか?
【クリステンセン】プッシュ戦略は組織が頻繁に陥る罠のひとつです。プッシュ戦略の場合、自分は答えを知っていると思い込んでいるため、質問をすることはありません。相手が提供された解決策をどのように受け取るかを真に理解しようとする前につくり、売りつけるのです。プル戦略はまったく逆です。プル戦略はまず、質問をするところから始まります。人が何を欲しているかを想定するのではなく、観察するのです。ソニーを創業した盛田昭夫と井深大は、このことに卓越していました。彼らは人々の生活を観察し、質問をし、市場創造につながるようなイノベーションに成功した。そのことによって、日本(そして世界)経済にさまざまなことを引き込むような影響を及ぼしました。
──十分な経済的繁栄が得られたなら、次に国は、国民の幸福に注目するべきだと思います。どうお考えですか?
【クリステンセン】みながよりよい世界を目指して力を尽くす中にあっても、人生で一番大切なものは何かを、ひとりひとりが忘れないでいてほしいと願います。幸福は、欠かすことができません。経済的な繁栄だけでは社会の問題をすべて解決することはできないし、私たちの個人的な問題を解決することもできないですよね? 本書にもロバート・ケネディの言葉を引用しましたが、彼はとても意義深いことを言っています。経済的な尺度のみで成功を測るのは間違いです。ケネディが言ったとおり、GDPには「詩の美しさも、夫婦の絆の強さも、公に討論することのできる知性も含まれていません」。GDPはなんでも測れるようでいて、人生の価値を高めてくれるものは含まれていないのです。
人々の善意が報われるために
クリステンセン氏は、世界には「よりよい世界を目指して力を尽くす」人たちが溢れているという。本書は、そうした善意ある努力を重ねても、必ずしも地域が繁栄するとは限らないことを指摘し、その処方箋として「市場創造型イノベーション」を提示する。貧困対策だけでは貧困を解決しないし、国が繁栄しないのは法律や行政機関が足りないからではなく、ある特殊なタイプのイノベーションが欠けているからである。制度やガバナンスといった解決策をプッシュする(押しつける)のをやめ、無消費者を消費者に変えることから始めれば人々の善意は報われる、というのが本書の主旨だ。