※本稿は、クレイトン・M・クリステンセン、エフォサ・オジョモ、カレン・ディロン『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』(ハーパーコリンズ)に収録された津田真吾氏の日本語版解説を再編集したものです。
「無消費者」を対象にして驚異的な成長を遂げた日本
今回、本書『繁栄のパラドクス』の解説を引き受けるにあたり、氏が発したこの問いに対する答えを聞きたいと思い、いくつかの質問を行った。以下に、クリステンセン氏が直接語った言葉をご紹介しよう。
──最後にお会いしたのは4年前、2015年でした。それから日本のGDPは5%成長し、国の借金は8%近く増えました。わが国の経済は危機的状況にあるのでしょうか?
【クリステンセン】見方によると言えます。組織の借金が成長率を上回るペースで増えることは問題ですが、そこにとどまる必要はありません。日本は戦後、驚異的な成長を見せました。当時の起業家たちは、既存の市場で売られている製品に手が届かない何百万人もの市民に向け、彼らが手に入れることのできるような数々のイノベーションを起こした。「無消費者」を対象にシンプルで低価格な製品を開発したのです。ソニーのトランジスターラジオやウォークマンがいい例です。90年代初期以降、日本経済は低迷に苦しんでいますが、日本の起業家が再び無消費者を対象にしたイノベーションに集中すれば、より経済も強く成長することでしょう。
──日本は十分に繁栄していると言えるのでしょうか?
【クリステンセン】まず、「繁栄」の定義をはっきりさせておきましょう。わかりやすい指標として、質の高い教育や医療、行政の存在が挙げられます。こうした指標は確かに無視できませんが、もっと大切なのは市民に十分な数と収入をもたらす雇用機会があるかどうか、また社会階層が固定されず、誰もが上昇するチャンスをもてるかどうかです。
日本はこれらの尺度で見れば、繁栄していると言えるでしょう。しかし重要なのは、多くの地域住民が経済的、社会的、政治的な幸福度を向上させていくプロセスです。日本にとってはこのプロセスが現在進行形なのかどうかが問われています。日本は今現在も、市民の発展を育んでいるのだろうか、と。戦後の貧困から繁栄までの軌跡には目を見張るものがありますが、今の世代や、将来の世代にわたってこのプロセスを継続させることの重要性に気づく必要があります。