経済状況が悪いとき、私欲に走った政策を責め、無駄遣いを見逃したガバナンスを責めるのは簡単だ。だがクリステンセン氏は、悪意ある汚職でさえ、市民が問題を解決するための合理的な手段のひとつとして一定の理解を示す。身の回りの安全を守るために用心棒を雇うこともあれば、警察に頼ったほうがよいこともある。すべては状況次第なのだ、と。実際、戦後の日本も、非合法な「やりくり」は日常茶飯事だったという。今のように政府は機能しておらず、法律も徐々に整備されていった。

ソニーやホンダは雇用を生み出した

クレイトン・M・クリステンセン(著)、依田 光江(翻訳)『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学』(ハーパーコリンズ・ジャパン)

このように、私たちが陥りがちな構造的な問題を明らかにする点でも、クリステンセン氏の視点は非常に有益である。

本書に登場するソニーやホンダを筆頭とする企業が市場創造型イノベーションを起こしたことで、波及的に周辺企業にも雇用が生まれた。従業員は消費者となり、さらなる需要を生み出すというプロセスが戦後の復興を担った。当たり前だが、国からの命令がソニーを生み出したわけでもスーパーカブを生み出したわけでもないのだ。さらに今日の日本のような繁栄は、韓国や米国などごく一部の国にしか訪れていない。つまり、繁栄とは極めて例外的な事象なのである。善意ある世界中の人が切望する「繁栄」、これが難しいのはすなわち逆説的、つまりパラドクスを孕んでいるためだと理解するのがわかりやすい。通説に反した、あるいは直観に反した因果を及ぼすパラドクスは、物事を成功させるための重要な知恵となる。

クレイトン・M・クリステンセン
ハーバード・ビジネス・スクール教授
ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。12冊の書籍を執筆し、ハーバード・ビジネス・レビューの年間最優秀記事に贈られるマッキンゼー賞を5回受賞。イノベーションに特化した経営コンサルタント会社イノサイトを含む、4つの会社の共同創業者でもある。ビジネス界における多大な功績が評価され、「最も影響力のある経営思想家トップ50」(Thinkers50)に複数回選出されている。
津田 真吾(つだ・しんご)
INDEE Japan 代表取締役テクニカルディレクター
日本アイ・ビー・エム、日立グローバルストレージテクノロジーズ、iTiDコンサルティングを経て、イノベーションコンサルティングおよびハンズオン事業開発支援に特化したINDEE Japanを共同創業。IBM時代に「イノベーションのジレンマ」に触れ、イノベーションの道を歩み続けることを決意する。その著者であるクレイトン・クリステンセン設立の米国Innosightと提携。近年では、アクセラレーションプログラム ZENTECH DOJOを立ち上げ、シード期のスタートアップを支援する。
(写真=iStock.com)
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