早稲田大学で建築を学んだが、今は東京・高円寺で老舗銭湯の番頭をしている28歳の女性がいる。塩谷歩波さんは、新卒で入った設計事務所を体調不良で休職。そこで銭湯に出会い、各地の銭湯をイラストで描くようになった。「今の自分があるのは銭湯のおかげ」と語る理由とは――。
銭湯イラストレーターの塩谷歩波さん(写真提供=毎日放送)

休職中に癒やしてくれた銭湯へ恩返しをしたい

東京・高円寺で86年の歴史を刻む銭湯「小杉湯」の番頭をしながら、全国の銭湯を訪ね歩き、独特の温かい絵柄のイラストにしている女性がいる。塩谷歩波(えんや・ほなみ)さん、28歳だ。

塩谷は早稲田大学で建築を学び、都内の設計事務所で働いていた。だが体調を崩し休職。そんな時に出合ったのが、友人が勧めてくれた銭湯だった。傷ついた心身を癒やしてくれた銭湯に恩返しをしたいと考え、建築の図法を用いて建物の俯瞰図を描き、コメントを添えて「銭湯図解」としてSNSで発信。そのイラストが評判を呼び、今や雑誌やWEB媒体から、連載の依頼が途絶えることはない。

3月3日放送のドキュメンタリー番組「情熱大陸」では、銭湯にとりわけ熱い思いをもって働き、絵を描き続ける彼女の日常を通し、銭湯の持つ魅力を浮き彫りにした。

イラストが「小杉湯」で働くきっかけに

バレンタインデーの夜。都内の銭湯でささやかなパーティーが開かれていた。主役は塩谷さんである。作品が初めて本にまとめられ、晴れて出版にこぎつけた。

刷りたての本を手渡され「うれしいです」と涙が溢れる理由……。それは処女作完成の喜びだけではなかった。早稲田大学で建築を学び、夢だった設計事務所での仕事に没頭するあまり「機能性低血糖症」を発症し休職。全てに絶望していた状況から、はいあがるきっかけをくれたのが銭湯だったという。

【塩谷】「もうホントに感謝しかないです……。だって銭湯のおかげで体調も治ったし前向きな性格にもなったし、友達もいっぱい増えたし、立ち直れたし」

各地の銭湯をめぐり、広さや浴槽の形、お湯の温度やタイルの色などを正確に写し取ったイラストを描いた。それにコメントを添えてツイッターで発信したことで、徐々にファンが増え、その縁で東京・高円寺の「小杉湯」で働かないかと声をかけられたのだ。

各地の銭湯をめぐり、イラストを描いている(写真提供=毎日放送)