「香港の二の舞」にはなりたくない

絶対にのみ込まれたくない。中国は利用してナンボ――。口にはしないが、台湾人のほとんどが持っている共通認識だ。台湾経済にとっても台湾企業にとっても台湾の個人商店にとっても「中国」という存在は非常に重要で、マーケットとして、生産拠点として、あるいは金を落としてくれるインバウンド消費の主体として欠かせない。ただし、近づきすぎて香港のように自由を奪われたら元も子もない、と。

だから国民党政権が中国に接近しすぎて「統一」の具体的な話が出てくると、世論は反発する。ひと頃は香港を先行指標とするオプションもあった。香港は50年間何もいじらないという約束でイギリスが99年に中国に返還した。返還後も一国二制度を維持する香港は格好の「統一モデル」だったのだが、中国政府は真綿で首を絞めるように日増しに介入を強めて、今や「民主化運動は違法」と行政府の長官が言ってのけるほど。選挙に出てくるのは中国政府の息がかかった候補者ばかりで、民主化に関わる人は立候補もできない。締め付けられて民主化デモの参加者は減る一方だ。

台湾の人々からすれば、もはや香港は先行指標になりえない。台湾人にとって大事なのは実は選挙。自由に立候補して自由に選ぶ。中国4000年の歴史の中で自分たちが最初に民主的な自由選挙を行った、という自負があるのだ。結局、中国には自分たちが求める自由がないということで、のみ込まれないように、それでいていつでも利用できるように、爪先立ちでほどほど距離を置く処世術がすっかり板についた。

東京五輪には「チャイニーズタイペイ」で参加

「のみ込まれたくない。利用してナンボ」という感覚から言えば、中国を怒らせて中国人観光客を減らした蔡総統はやりすぎであって、「不必要に中国を刺激しているからお灸を据えてやろう」ということになる。

今の中国に逆らって「独立」を掲げようものなら、軍事行動を誘発しかねない。武器を大量に買っている間はアメリカが助けてくれるかもしれないが、トランプ大統領の記憶力は当てにならない。中国が「あと100兆円、アメリカの製品を買う」と言い出せば、簡単に寝返る。そんなアメリカを信じて中国と葛藤するのは得策ではない。

従って今は中国をあまり苛立たせないほうがいいというのが台湾世論の大勢。蔡政権のポジショニングは台湾の長期的な利益からすれば必ずしも正しくない、ということだ。現に内閣が総辞職して蘇貞昌氏が行政院長に返り咲いている。辞めた頼清徳氏は既に次の総統選で蔡総統の対抗馬として準備を始めていると言われている。

統一地方選のときに同時にいくつかの住民投票が行われた。そのうちの1つ、「台湾名義で東京五輪への参加申請の是非を問う」住民投票は否決され、「チャイニーズタイペイ(中華台北)」の呼称で参加することが決まった。「台湾」ではなく、「台北」という都市名でオリンピックに出る。それが中国との正しい距離感を探り続ける台湾世論の今回の選択なのである。

(構成=小川 剛 写真=AFLO)
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