政府は、2010年10月の月例経済報告で、景気の基調判断を「足踏み状態」になったと下方修正した。景気の下方修正は、リーマン・ショック後の急激な景気の落ち込みが続いていた2009年2月以来、1年8カ月ぶりだ。

足下では、超円高に見舞われ、世界経済危機後の牽引役となっていた中国経済の成長も鈍化しつつある。アメリカやEUは、通貨安のおかげで景気失速の一歩手前で踏みとどまっている。

「2010年9月に発表された日銀短観では、2010年度上期の企業業績は、6月の短観に比べて売上高、経常利益ともに上方修正となっています。しかし、下期は厳しい。例えば、大企業製造業の想定為替レートは、対ドルが89円44銭となっており、現在の80円台前半の水準から見れば、だいぶ乖離しています。また、中国や他の新興国は金融引き締めで景気の過熱を抑え、先進国では経済対策が一段落しています。2010年度下期は世界経済の減速で、企業業績は下方修正を余儀なくされるでしょう」(第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト・永濱利廣氏)

「足踏み状態」の景気と世界経済の減速が相まって、2010年度下期の企業業績は下押しされそうな気配が濃厚だ。

そうした中にあっても、業績好調な業界がある。筆頭がIT業界だ。なかでも、SNS(ソーシャルネットワークサービス)を利用した携帯電話向けゲームや音楽配信などを事業の中心に据えている企業が伸びている。いかに面白いコンテンツを提供できるかで業績が左右されるため、円高や中国、新興国といったキーワードとは無縁なのだ。

DeNAは2年で営業利益1.7倍、グリーは19倍
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DeNAは2年で営業利益1.7倍、グリーは19倍

業界最大手のディー・エヌ・エー(DeNA)は、携帯向けゲームや交流サイトの「モバゲータウン」を主力に事業展開している。11年3月期の第2四半期(10年7~9月期)の連結売上高は、前期比2.1倍の270億8500万円、営業利益は前期比3.4倍の136億2400万円だ。通期では売上高1000億円、営業利益500億円も射程距離に入っている。

携帯向けゲーム、交流サイト「GREE」を展開するグリーの10年度第1四半期決算(7~9月)は、売上高が前期比1.8倍の124億円、営業利益は同じく1.6倍の62億円と、業績は急拡大中だ。動画投稿共有サイト「ニコニコ動画」や携帯向け音楽配信を手掛けるドワンゴは、10年9月期の売上高が前期比14%増の303億円、営業利益は4.8倍の397億円を見込んでいる。

業績絶好調のこの3社は、エンジニアの獲得をめぐって熾烈な競争を繰り広げている。

2010年8月15日にDeNAが中途採用のエンジニアに対して、「入社準備金」として200万円を支給すると発表した。これに対抗するかのように、翌16日には、グリーが「入社支度金」200万円を準備すると発表した。その4日後の20日に、今度はドワンゴが「入社一時金制度」として252万5000円(一部自薦団体などへの寄付を含む)を用意すると発表して、業界の話題をさらった。

なぜ、エンジニアの人材争奪戦が勃発しているのか。

「ソーシャルゲームなどのネットサービスが急成長しています。従来、こうしたネットサービスはプランナーがアイデアを出して、これをエンジニアがプログラミングしてつくるという形が多かった。しかし、例えば『モバゲータウン』のように、エンジニア自らがネットサービスをつくりあげ、それが大ヒットにつながった。ネットサービスを開発できる優秀なエンジニアを他社に先んじて囲い込むということです」(永濱氏)

こうしたエンジニア争奪戦は、人材紹介業界でも異変をもたらしている。

「急激なサービスの拡張によって、エンジニアが不足しています。例えば、ネットワークエンジニアです。SNSのユーザーが増えるほど広告やマーケティングの価値が高まり、利益につながります。それに耐えうるようなネットワーク環境を構築する必要があるため、ネットワークエンジニアに対する求人が非常に活況です。通常、人材紹介会社は求人のあった企業に人材を紹介した場合、転職者の年収の30~35%の紹介手数料を受け取るのですが、IT系企業では、紹介手数料を40~50%払うから、優先的に紹介してほしいという依頼も増えています」(インテリジェンス「DODA」編集長・美濃啓貴氏)

有価証券報告書によると、DeNAの年収は、31歳(平均年齢)で621万円、グリーは29歳(同)で620万円、ドワンゴは31歳(同)で538万円。しかし、これはあくまで平均。ある転職コンサルタントによると、職種によって大きなばらつきがあるという。

「経営企画系の人材の年収が高いですね。IBMやNTTデータなどの大手企業から人材を採用するケースが多く、管理職になる年齢も早い。30代前半で1000万円を超える社員もいます」

伸び盛りのIT系企業では、組織としての充実も急がれる。エンジニアだけでなく経営企画など、経営の中枢で働く人材も、優秀でありさえすれば、若くても高収入を得ることが多いようだ。

※すべて雑誌掲載当時