1966年に静岡県で一家4人が殺された強盗殺人事件で死刑が確定し、静岡地裁の再審開始決定で釈放された袴田巌元被告(82)の即時抗告審で、東京高裁は6月11日、静岡地裁の決定を取り消し、再審開始を認めない決定をした。弁護側は高裁決定を不服として、最高裁に特別抗告する方針だ。「袴田事件」を追い続けるジャーナリストの山本徹美氏は「高裁決定は間違っている。証拠とされる『5点の衣類』は明らかに捏造されたものだ」と指摘する――。

DNA型鑑定についての審理

「袴田事件」の再審に向け、開きかけた重い扉が閉ざされてしまった。

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静岡地裁の再審決定に対し、検察側の即時抗告によって、東京高裁にもちこまれた審理は4年間にもおよび、その結果、地裁決定は取り消されたのである。

即時抗告審で争点となったのは、犯行時の着衣とされた衣類に付着した血痕のDNA型鑑定であった。その衣類のひとつ、半袖シャツに関して、検察側は、袴田さんが被害者と格闘した際に負ったもの、としていた。袴田さんの血液型はB型で、右肩部分の血痕と血液型は一致する。ちなみに、被害者である味噌会社の専務はA型、夫人はB型、長男はAB型、次女はO型であった。

シャツの右肩部分にある血痕について、静岡地裁では、弁護側が依頼した筑波大の本田克也教授も、検察側が推薦した鑑定人も、袴田さんのDNAとは一致しない、とした。なお、検察側鑑定人は、自身の鑑定結果に責任がもてない、と取り下げてしまう。

この本田鑑定を静岡地裁では、「新証拠」として採用した。

再審においては「一事不再理」が大原則とされる。要するに、原審において提出された証拠はじゅうぶんに審理されているのであるから、それをもとに審理はできない。したがって袴田さんの無実を証明するためには、新証拠が不可欠とされる……。

その新証拠について、東京高裁の大島隆明裁判長は、本田鑑定について、「確立した科学的手法とはいえず、鑑定の結論の信用性は乏しいと言わざるを得ない」と裁断した。

4年間もかかった即時抗告審では、DNA型鑑定について審理が進められた。高裁は、東京高検の推薦による大阪医大の鈴木廣一教授に鑑定を委嘱した。鈴木教授は、本田教授のDNA型鑑定に用いられた試薬にはDNAを分解する酵素があるとして、再現実験には着手せず、別の鑑定方法を採用。結局、半袖シャツ付着血痕のDNA分析は不可能と結論づけたのである。

弁護側は、鈴木教授が理論のみで否定し、本田鑑定の追試を実行しなかったことを批判。実験には無縁の弁護士が、本田教授のマニュアルにのっとり、同種の器具、同量の薬品を用いて、9種類の血液付着物からDNA検出を試みた。その中には味噌漬けにして7年間以上経過した血液もあったが、すべて、DNA検出に成功した。その経緯をDVD動画に収録し、高裁に提出、証拠として採用された。

こうした経緯から、弁護側は、本田鑑定による新証拠の能力に自信をもっていた。が、「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」、いわゆる自由心証主義により、大島裁判長は、袴田さんの無罪を証明する証拠とは認められない、と退けたのである。