職場を改善する提案、新しいプロジェクト、あるいは、家庭での役割分担――こうした「話し合い」がすぐにこじれ、果てに「炎上状態」になるのはなぜか。「成功ルール」を検証した全米ベストセラー『残酷すぎる成功法則』(飛鳥新社)によると、そもそもあらゆる交渉や議論自体に、成功しない要素が内包されているという。その驚きの分析とは――。

「説明しているだけです」はNGワード

ものごとがまずい方向へいくと、往々にして私たちの最初の反応は戦うことだ。暴力ではないが、話し合いや交渉に比べ、怒鳴り合いや口論が多い。それはなぜか?

哲学者で認知科学者のダニエル・デネットによれば、人間の脳には進化の過程で「戦争のメタファー」が組み込まれていて、他者との不一致を戦争という観点で理解し、行動する回路が備わっているからだという。

エリック・バーカー(著)、橘玲(監修、翻訳)、竹中てる実(翻訳)『残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する』(飛鳥新社)

戦争においては、どちらかが征服される。それは事実や論理による話し合いではなく、命懸けの戦いだ。どちらが真に正しいかに関係なく、片方が勝てば、他方は負け。ほぼすべての会話でも、勝者か敗者かという地位が懸かっている。誰しも、自分のほうが愚かに見えることを望まない。したがって、デネットが指摘するように、私たちは、諭された側イコール敗北という状況をつくり上げてしまうのだ。

たとえあなたが手堅い証拠と完璧な論理性を武器に反論者を追いつめたとしても、その結果どうなるか? 相手は譲歩しても、間違いなくあなたのことを憎むだろう。勝ち負けに持ちこめば、どちらの側も実質的に敗者になる。

臨床心理士のアル・バーンステインも同意見で、「ゴジラ対ラドン効果」と名づけた。もし相手が怒鳴りだし、あなたも怒鳴りだせば両者は「戦争のメタファー」をたどることになり、ビルがなぎ倒される。東京じゅうが破壊され、収穫はほとんど何もない。あなたはこう思うだろう。

「ただ説明しようとしているだけなのに」

しかし、バーンステインが言うには、それこそが罠だ。説明するという行為の多くは、ベールに隠された支配欲である。あなたは相手に教えようとしているのではなく、勝利しようとしている。言外の意味は「私が正しく、あなたが間違っている理由はこうだ」である。そしてあなたがどう説明を尽くそうと、相手の耳に残るのはこの言外の意味なのだ。

ひとたび怒って解決すると、一生こわい人キャラになる

神経科学の分野での調査も、このことを裏づけている。誰かが何かに関して苛立っていて、あなたが彼らの信じていることに対する反証を挙げているとき、彼らの脳のMRI画像はどんな反応を示すだろう? 脳の論理性を司る部位は文字通りシャットダウンする。かわりに攻撃性に関わる部位が活性化する。

彼らの脳に関するかぎり、これは理性的な議論ではなく、戦争なのだ。彼らの脳はあなたが話す内容を処理できない。ただ勝とうとするだけだ。そしてあなた自身の脳も、理性的にコントロールしようとしないかぎり、同じように反応してしまう。