関東在住者の中には、楽しかった旅行の思い出とシウマイ弁当を重ね合わせ、その懐かしさから購入していく人も多い。シウマイの具材や調味料は飽きがこないよう、あえてシンプルなままにしているという。一度具材の唐揚げをエビフライに変更したところファンから抗議が来たため、元に戻したというエピソードにもあるように、昔ながらの姿を大切にしている。時代は変わり、美味しい食品は次から次へと登場するが、崎陽軒の味は変わらず、いつも同じ場所にいてくれる存在だからこそ、人気が損なわれないのだろう。

同社の経営理念は「ナショナルブランドではなく、真に優れた『ローカルブランド』を目指す」である。このメッセージに込められたのは、ローカルな文化でも全世界で愛されるような存在になりたい、という願いであり、目指す地点は「アルゼンチンタンゴ」のような文化ということだ。

ぶれないでいるための努力を続けられるか

本パートで紹介したケースは、顧客と長期的に寄り添うブランドである。時代が変わっても常にそばにいてくれるような家族、あるいは自分が変わってもいつでも戻れる故郷のような存在といえる。反面、あまりに身近であるために飽きられ、尊重しづらい対象になる陥穽とは隣り合わせにある。必然的に、変わらないけど変わっていく、不易流行のマネジメントが求められる。

「ポーター」のブランドでメイドイン・ジャパンの鞄づくりを牽引する東京都千代田区の「吉田」(吉田カバン)。同社は値引きしない、宣伝しない、全工程国内生産、職人の手作りにこだわる、厳しすぎるほどの品質管理など、頑固な「ものづくり姿勢」で知られている。リピーターはもちろんのこと、修理し続けて使用したり、父から子へ受け継がれていったりと、世代を超えて愛されているブランドとして有名だ。その強度や耐久性、飽きの来ないオーソドックスなデザインは、まさに「一生のおつき合い」を可能にする製品とみられている。

そのポーターに、1983年の発売以来、基本デザインを変えない「タンカー」というシリーズがある。シリーズ全体で年間27万本の生産量を誇る、まさに日本の鞄の代表選手である。軽量で弾力性に富む素材は、米軍のフライトジャケットの名品「MA-1」をモチーフにしたものだ。スタイルや素材、見えない部分への縫製、インナーのオレンジ色といった特徴は30年間変えないまま、バッグの周囲の縁取り(パイピング)素材の耐久性を向上したり、ウエストベルトを少し長くして日本人の体格向上に合わせたり、限定商品を発売したりするなど、陰で地道な変化を導入してきている。吉田輝幸社長は、ロングセラーブランドにおいて「守りに入って代わり映えのしない単調さが出てくると衰退する」と語り、変えてはならないものを守るために必要な“変える勇気”の大切さを説く。

帝国データバンク調査(2008年)によると、百年以上続く老舗企業では、社是・社訓や主力事業の内容は維持しつつも、製造方法・販売方法・商品やサービスは「一部変えた」というケースが多い。新たな要素を取り入れていく(流行)のは、本流を変えない(不易)ための努力の一環といえるだろう。

新井 範子(あらい・のりこ)
上智大学経済学部経営学科教授。インターネットやアプリを使ったデジタルなマーケティング、デジタル空間での消費者行動やブランディッド・エンターテインメントを中心に研究をしている。
山川 悟(やまかわ・さとる)
東京富士大学経営学部教授。広告会社のマーケティング部門において、広告計画、販売促進計画、ブランド開発、商品開発などに携わった。専門はマーケティング論、創造性開発(プランニング、事業モデル開発)、コンテンツビジネス論。
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