1992年、宮沢喜一元総理は訪韓し、当時の盧泰愚(ノ・テウ)大統領に慰安婦問題について謝罪しました。「文民大統領」金泳三(キム・ヨンサム)が就任した翌93年には、河野洋平内閣官房長官が慰安所の設置や管理に、旧日本軍が直接・間接に関与していたことを認める河野談話を発表しました。歴史認識問題が慰安婦問題とも絡み、複雑化しはじめたのです。

さらに、翌94年には村山談話が発表され、「植民地支配と侵略」や慰安婦問題について謝罪。翌年には「アジア女性基金」が創設され、元慰安婦への「償い金」や医療・福祉支援を開始しました。

しかし、韓国の反日世論に火が付いたのは、むしろこの頃です。「少々のことならば寛大に」と、日本が一度聞き入れた韓国側の要求がどんどんエスカレートし、両国の関係が改善するどころか、ますます悪化していったというのが、歴史的な事実なのです。

金泳三の「ポルジャンモリ」発言

金泳三政権のころには、経済発展を成し遂げた韓国に、もはや「用日」は必要なくなりました。それまでは「用日」戦略の一環として、日本に対し「作り笑い」を見せることもありましたが、もはやそれも消え失せ、威丈高に恫喝するようになります。

1995年11月、金泳三大統領は中国の江沢民国家主席との首脳会談後の共同記者会見で、「日本のポルジャンモリを必ず直すつもりだ」と発言しました。「ポルジャンモリ」とは韓国の年長者が年下の人間を叱りつけるときに使う俗語で、「行儀が悪い」「しつけがなってない」という意味です。これに対し当時の野坂浩賢官房長官は、「公式の場では使わない言葉だと聞いている。節度ある発言をしてほしい」とコメントしています(※1)。金泳三の発言は、日本の政治家による一連の「問題発言」を念頭に置いたものでしたが、さすがに日本側もムッとしたのでしょう。

韓国で、日本を叩く政治家は強い指導者とされ、国民の支持を集めます。このようなポピュリズム的政治手法が、今日に至るまで常態化しています。

直近では、2015年の日韓外相会談によって、日韓合意が結ばれました。これは慰安婦問題の「最終かつ不可逆的な解決」を示したものですが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2017年の12月、「政府間の公の約束であっても、大統領として、この合意で慰安婦問題が解決できないことを改めて明確にする」と表明しました。