時間をかけて段階的に塩分を減らす

プロジェクトの中心となったのが、イギリスの食品基準庁(Food Standards Agency,FSA)だ。2006年、食品分野におけるイギリスの公衆衛生の維持を責務とするFSAは、パン、ケチャップ、ポテトチップス、チーズ、ソーセージなど85品目に4年間で減塩する目標値を設定して、食品メーカーに自主的な達成を促した。

中でも、食品基準庁がターゲットにしたのがパンだった。パンは食塩を大量に含む食品とされており、イギリス国民の塩分摂取源の実に18%が、パンによるものであることがわかった(図1参照)。これは、ベーコンやハムなどの食品と比べても高い数字で、単一の食品として最大の摂取源になっていた。そこで食品基準庁は、国内のパン製造業者に減塩を強く働きかけたのだ。

ところが、多くのメーカーはパンの塩分量を減らすことに懸念を示した。食塩の含有量を変えれば、パンの味も変わってしまうからである。減塩したことで売り上げが減ったらどうしてくれるのだという懸念が、協力の大きな障壁になっていた。

そこで、大きなきっかけとなったのがある提案だった。医学や栄養学を専門とする科学者たちによって組織されたCASH(Consensus Action on Salt and Health 塩と健康に関する国民会議)という団体が発した斬新な減塩方法だ。それは「減塩は、一気にするのではなく、ゆっくりと塩分を下げていこう」というもの。消費者に気づかれないよう、時間をかけて段階的に塩分を減らせば、売り上げを減らすことなく、味を変えられるという考えだった。

塩分はこっそり減らせばわからない

実は、CASHはこの提案を成功させるため、根拠となる研究結果を持っていた。まず2つのグループをつくり、それぞれ6週間パンを食べてもらった。片方は通常のパンを食べるグループ。もう一方は段階的に毎週5%ずつ減塩していったパンを食べるグループで、最終的には25%減塩したパンを食べることになる。もちろん被験者はそれを知らない。

この条件で、6週間後、味の違いについて感想を聞いたところ、塩分量が同じパンを食べたグループはもちろんのこと、段階的に25%まで減塩したパンを食べたグループも、なんと「味は変わらない」と答えたのだ。当時、CASHで減塩プロジェクトを進めたクレア・フェランドさんは、こう語る。

「研究結果から、人間はわずか6週間で薄味に慣れてしまうことが分かりました。私たちは、少しずつ減塩すれば誰も気づかず、消費者離れは起きないと考えたのです」