子どもたちの食習慣改革

糖尿病対策として掲げる「ベジタべライフ」に次ぐ、2つ目の施策として足立区が目をつけたのは、子どもたちの食習慣の改善だ。区の調査では、野菜をあまりとらない家庭では、経済的な理由だけでなく、親がその必要性を強く感じていないことが分かった。そこで、子どものうちに野菜を食べる習慣を自然に身につけて欲しいと考えた。

区では、野菜の知識を自然に学ぶためのオリジナル「ベジタブル(野菜)カルタ」や「街の八百屋さんインタビュー」「管理栄養士が作った野菜を美味しく食べるためのレシピ集」など独自の教材を制作しているが、とりわけ徹底しているのが区立の全ての保育園で野菜を食べる日を設けていることだ。

保育園を取材すると、子どもたちが調理された野菜をただ食べるのではなく、自ら育て収穫した小松菜を自分たちで調理して食べるのだという。3時のおやつの時間を利用したこの料理体験に参加した。まず驚いたのが、園児本人に包丁を持たせて調理体験をさせていることだ。一部の先進的な私立幼稚園や保育園でこうした試みが行われていることは耳にしていたが、区立の保育園では珍しい光景だ。もちろん園児のそばでは保育士が見守るなどの配慮はあるものの、子どもたちは「料理は未知なる体験」とばかりに「早く食べたい!」「おなかすいた!」と興味津々で取り組んでいた。

この日の献立は、ホットプレートで炒めた小松菜と海苔の炒め物、鍋で炊いたご飯、出汁からとった小松菜の味噌汁。食べ始める前に保育士が声をかけると、園児たちは声をそろえて「いただきます。一口目は野菜から」と元気に挨拶。一斉に小松菜の炒め物から先に食べ始めた。これも幼い頃から「ベジ・ファースト」を習慣化させようという方針から生まれた取り組みだ。幼児期には野菜が苦手という子どもが多いと聞いていたが、「もう食べちゃったよ」と番組取材班に空っぽの器を嬉しそうに見せてくれる子どもたちの姿を目にして、教育の重要性を改めて実感させられた。

子どもたちに野菜を食べる習慣づけを

こうした取り組みには「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」の諺(ことわざ)のように、まず子どもを通じて親たちに野菜の美味しさを知ってもらうという狙いもある。実際に子どもが野菜好きになったことから、家庭でも野菜料理の頻度を増やしたという例も出ているという。またもう一つの狙いとして、子どもたち自身に野菜の調理方法を教えることで、たとえ親が作ってくれなくても、将来的には自力で野菜料理を作れるようになってもらおうという長期的な考えもある。

首都大学東京教授の阿部彩さんも、子どもの野菜摂取に関しては、行政の役割が大きいと語る。

「保育所の食事や、小中学校の給食というのは、行政が実際に子どもたちに食事を提供する機会です。子どもたちにとっては、それが1日3食のうちの1食になるわけです。そこで野菜が1品増えるということは非常に重要なことだと思いますし、全国の保育園や幼稚園、小中学校はもちろんのこと、できれば食の格差が大きくなる高校で給食や安価な食堂を行っていくべきだと考えます」

足立区は全国に広がる、子どもたちに格安で食事を提供する「こども食堂」が多い地域でもある。馬場さんは、自分自身で料理ができるようになるということは「社会を生き抜く術になる」と語っていた。家庭の経済状態が子どもの健康状態に影響を及ぼすことが懸念されている中、こうした足立区の先手を打った取り組みがより一層実を結ぶことを願いたい。

足立区が健康になる日

短い健康寿命を打開すべく、糖尿病予防に的を絞った現役世代向けの対策。そして貧困世帯の親と子どもに見られる健康状態への懸念。こうした「健康格差」の問題を、野菜摂取量を増やすことで解決できないかと考えた足立区の「ベジ・ファースト」「ベジタべライフ」運動。2013年から始まった政策は、わずか4年で、区民1人当たりの野菜摂取量を年間で5キロ増加させるという嬉しい結果を残しはじめている。これは、およそキャベツ5玉分に相当するもので、当然足立区内の野菜の流通量も増加したことになり、経済効果も上がっているという。

2013年に開始した足立区の「健康格差」解消を目指す取り組みは、10年間を目標に続いていく。糖尿病予防や医療費削減にどの程度貢献するかは現時点ではまだ判断できないが、取り組みが終わる2023年までに足立区全体が健康を取り戻すことを心より期待する。

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