数年前からマンションの建設ラッシュに湧くソウル。東京の2~3倍という価格にもかかわらず、資産形成を夢見るソウル市民の間では売れ行き好調だという。だが今から67年前、ソウルとその近郊は、北朝鮮軍の怒涛の進撃に飲み込まれた。阿鼻叫喚の混乱のなか、李承晩・韓国大統領(当時)は自らの失策の責任を反対派の国民に押し付けた……。
荒廃したソウル市内で、がれきの中に座りこむ年配の女性(1950年11月1日、写真=ROGER_VIOLLET)

首都ソウルの地政学的リスク

ソウルでは数年前からマンションの建設ラッシュが起きています。販売価格は東京のマンションの2~3倍。そんな高額物件が次々と売れるというのですから驚きです。

ソウルは北朝鮮に近接しており、地政学的に極めて危険な都市です。北緯38度線の南北軍事境界線付近には、北朝鮮軍の長距離砲など300門以上がソウルを標的にしており、これらが一斉に火を吹けば、ソウル市民100万人に死傷者が出るといわれています。

それでも、ソウル市民は市内に高額なマンションを買い、そこに資産を形成します。ちなみに、保険会社は戦争で家屋が損傷を受けても保険金を支払いません。どの国でも、戦争は保険金支払いの免責事由となっています。

戦闘が始まれば、朝鮮戦争の時のように、漢江の橋を落とし、漢江を防衛線にする戦略をとることが想定されます。そうなれば、また、ソウル市民はどこへも逃げることができません。

韓国では、首都を南に移すことも検討されました。朴槿恵前大統領の父の朴正煕大統領は1970年代、首都移転構想を打ち出します。これは実現しませんでしたが、その後、盧武鉉大統領がソウルの南東120キロの地に「世宗市」を建設し、ここを新しい首都にしようとしました。しかし、保守派の反対や2004年に出された憲法裁判所の首都移転違憲判決により、遷都計画は頓挫しました。