第二次大戦に繋がった経済のブロック化

ただ、米国の政治家もそう無能ではない。クリントン氏にしても共和党にしても「TPPは基本的に米国の利益になる」という認識は共有しているはずだ。水晶玉は持ち合わせぬ身だが、米国でも批准は無事行われるとの見立ては楽観的にすぎるだろうか?

日本では、「市場の自由化を進めると、格差が拡大する」という理由でTPPに反対する人が少なくない。

確かに国全体として豊かになっても、そのおかげで困っている人たちが必ずしも豊かになれるとは限らない。ただ、全体として豊かになっていけば、それだけ困っている人たちを助ける余力が生まれる。どんなに素晴らしい福祉政策も、政府に予算がなければ行えない。経済の発展より格差をなくすことを優先し、「乏しきを憂えず等しからざるを憂う」という政策を実施すれば、国全体が貧しくなり、また個人の努力や創意工夫が正当に評価されない、非常に閉塞的な社会になってしまうだろう。

今後は各々の国で批准されるかどうかが問題だ。(共同通信社=写真)

TPPによる貿易自由化でミルクやパンの値段が安くなれば、より家計が助かるのは貧しい人たちである。今の日本の農業政策のように、国内農家の保護のためにコメをはじめ農産物の価格を高値に維持するやり方は、貧しい人たちの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。

TPPに対する批判には、「TPPのように限られた国の間で協定を結ぶのではなく、WTO(世界貿易機関)の下で、世界全体でルールを決めるべきだ」「中国やロシアを除外するTPPは、世界経済のブロック化を進める」というものもある。

確かに、全世界が共同で自由化を進めることができれば理想的である。だが現実には、WTOにおける交渉が頓挫してしまったために、各国はやむをえずTPPに向かった経緯がある。国々による互いに排他的な経済ブロックの形成は、大恐慌から第二次大戦に繋がった1930年代を想起させるが、TPPは新規参加国に対して門戸を閉じる協定ではない。あくまでも開かれたシステムなのだ。

二国間や地域間の経済協定が中心である現在の世界経済を、貿易論の権威、ジャグディーシュ・バグワティー氏は「ボウルの中のスパゲティ」と批判的に表現したが、私はその場で「スパゲティもそのうち融け合って、ラザニアになるかもしれない」と応じた(「コーイチはイタリア料理を知らない。スパゲティとラザニアの作り方は最初から違うのだ」と再び反論されたが……)。

TPPは、いわば自由市場のショーウインドウだ。参加国が経済的に大きなメリットを受けているのを傍から見れば、「我々も加わりたい」と多くの国が思い、自由貿易地域が広がっていくことになる。すでに、TPPの成功を見越して、日中韓協定を早めようとする動きが生まれている。いずれは中韓両国もTPP自体に参加するようになれば、世界を1つの市場にする方向の動きとなりうる。

(久保田正志=構成 石橋素幸=撮影 共同通信社=写真 大橋昭一=図版作成)
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