次の問題は、TPPの合意内容が、おのおの持ち帰った本国の議会できちんと批准されるかどうかである。

日本の場合は、最近は安保法案などで批判が強まってはいるが、安倍政権が政治的に比較的安定しているため、順調な批准が期待できる。

しかし米国はそうではない。民主党の次期大統領候補として有力なヒラリー・クリントン氏が、「TPPに反対に転じた」という報道があった。そこには米国の政治事情がからんでいる。次の大統領選挙で民主党大統領候補の座を確実にしたいクリントン氏としては、同党の大きな支持団体であるUAW(全米自動車労働組合)の支持を必要とする。しかしUAWは、完成車や自動車部品の輸入関税が引き下げられる予定であることから、TPPには反対している。このためクリントン氏は、UAWに迎合して発言を変えたと考えられる。

しかし、米国在住の私の周囲の経済学者たちに尋ねても、「TPPは米国経済にとって大きな贈り物だ」という意見が多い。米国側は自動車部品の関税を数%下げる程度で、ほとんど譲歩せずに済んだ。逆に貿易相手国は、たとえば日本が現行38.5%の牛肉の関税を段階的に4分の1以下まで下げるというように、大きな譲歩を強いられている。米国が力を入れている知的所有権の保護も、多くの国で強まることになる。トータルで見てTPPは、米国に大きな利益を生む協定なのだ。

にもかかわらずクリントン氏がTPP反対を公言したのは、TPPで利益を得るはずの多くの人たちの声よりも、損を被る少数の団体の声が政治的に強いからだ。社会学者マンサー・オルソンの命題「小さい団体のほうが政治力が強い」の一具体例だ。

TPP交渉が国内諸勢力の反対に曝されてきたのは、実は米国も同様だ。TPP交渉妥結に不可欠とされたTPA(貿易促進権限)が、ようやく議会からオバマ大統領に与えられたのは、交渉が6年目に入った今年の6月末のことだ。それまで認められなかったのは、米議会下院で第一党を占めてきた共和党がTPPに反対してきたからである。しかも、与党ではなく野党共和党がこの権限を与えたという、強烈なねじれ現象が起きている。

本来、米国では自由貿易に熱心なのが共和党、国内産業保護の傾向が強いのが民主党だった。その共和党が当初TPPに反対していたのは、実は「TPPを結んだ」という実績を民主党のオバマ政権に与えたくなかったためだとみられている。