「神になれるから」

地元・福井大学の公開講座で、若者とまちづくりについてトークセッションしたときのことです。「鯖江市役所JK課」の1期生で、今でもゆるくまちづくりの活動に関わっている元JK課の卒業メンバーに、「JK課や鯖江での活動は、なんで楽しいの?」と聞きました。すると、彼女はしばらく沈黙した後、こう答えました。

「神になれるから、じゃないですか?」

彼女の言葉に、会場は湧きました。当日は、受講者が手元のスマホから匿名でコメントできる掲示板を設置していたのですが、「神になりたいっていうの、分かる!」「なるほど!」という声が相次ぎました。

「神になる」というのは、もちろん極端な比喩表現でしょうが、「社長になりたい」とか「大臣になりたい」といった、ヒエラルキーのトップに立つというのとは違うことなのだと思います。

普段僕たちが「あいつ、神だわ」というとき、王様や大臣のような頂点に立つ人物はあまり連想していません。その分野や現象における「圧倒的な存在感」や「新しい基準をつくりだした人」などを「神」と呼んでいるわけです。そしてそれは、たくさんいてもいいんです。日本には古くから「八百万の神」という言葉もあるくらいですから。

彼女が言った「神」も、「小さくてもいいから、その場にないものを自分でなにかつくり出す」ということを意味していました。「その“神体験”が魅力的で、それが鯖江のまちで実現できた」と言います。

鯖江市は、実は福井県のなかでは経済力が高いほうではありません。商圏も小さい。それでも、たくさんの学生や若者が地域活動を求めて集まってきています。それは、何かがそろっているからではなく、「何もない」ことを認め、「つくってもいいよ」または「一緒につくろう」という創造を促すムードがあるからなのだと思います。「鯖江市役所JK課」も、そうやって実現されました。