常に同じ品質を保つために、基礎に立ち戻る

さて、こうして原酒のテイスティングが完了すると、次は、製品化するための具体的なレシピづくりに入る。

ブレンダーの重要な仕事のひとつは、ある銘柄のウイスキーを、常に同じ香味のウイスキーに仕上げることだが、ここで大事なのは、ウイスキーの原酒は、毎年同じではないということだ。

ウイスキーは厳密に言うとひと樽ごとに香味が異なる。ある樽の原酒がなくなれば、別の樽から似た香味の原酒を取り出して使うが、これは全く同じではない。加えて、1年経てば同じ樽の原酒もそれだけ熟成するわけだから、昨年と同じではなくなっている。だからこそブレンダーは毎年数千種類のサンプルを1からテイスティングし直すのだ。ちなみに、もっとも多い場合で、ひとつのウイスキーの完成品にブレンドされる原酒の数は、40から50種類に及ぶという。

個別の原酒についてはブレンダー個々人の自由な表現の違いを互いに認識し、調整するにしても、その原酒の数が40、50種類ともなれば、個別の原酒の評価においては微細であった差異が、無視できないほどに大きなものになり、安定した味の製品をつくれないのではないか――。佐久間氏は、差異があって当然と指摘する。

「たとえば私と森が同じブランドの同じ品質を目指してレシピをつくったとしても、ブレンドする原酒の中身は異なるんですよ。数千種類の原酒から選ぶので、原酒の組み合わせはそれこそ無限にある。個人によってブレンドの配分が異なって当たり前なのです。ただ、結果として、目指す品質に到達していればいいということです」

結果として同じ品質に達するとはまるで魔法のようだが、その背景にあるテイスティングノートの存在について述べたのは二瓶氏だ。

「テイスティング時点ではわからなかった匂いに、混ぜてみて初めて気づくこともあるんです。そういうときはテイスティングノートに戻って、先輩たちのコメントを確認します」

原酒の評価も、調合の割合も、個人の感覚をベースにしている。しかしその一方で、他のブレンダーたちの感覚と自分の感覚との差異を認識し、最終的に共感できる領域に届かせる。それを支えているのがテイスティングノートだ。ここにはブレンダーたちの膨大な記録が残されている。

異なる条件のもと、常に結果を出し続けるためには、まず記録すること。そして、問題があったときに、その記録と照らし合わせ、その原因を突き詰めること――これはまさにビジネスマン個人にとっても応用できることだろう。ブレンダーたちは、膨大な記録を共有し、常に自分の能力を「相対化」している。そして、過去の偉大な先輩や優れた同僚へ「共感」し、そこに追いつこうとする。

森氏は、我々はコニサー(鑑定家)ではないのだと、最後に語った。

「大事なのは、新しい言葉を紡いで魅力を伝えることではなく、あくまで共通認識を持つことによって、アプローチの仕方は異なっても同じ品質にたどり着くこと。それが一番大事ですね」

こうした高度なコミュニケーションによって、ウイスキーの味や香りという品質が保たれているのである。

(向井 渉=撮影)
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