ACミランへの移籍、オーストリアSVホルンの買収、自社グラウンドの設置、新たなユースチームの創設……。プロサッカー選手の枠を超えて、経営にまで挑戦の舞台を広げる彼を駆り立てるものは、何か。

僕は平気で無茶をする、副作用は避けられない

2015年、本田圭佑の動きは急だった。所属クラブACミランと日本代表の選手としての活躍だけでなく、ビジネスマン本田圭佑としての動きもまた、めまぐるしかったのである。オーストリア3部のSVホルンの経営に乗り出しただけでなく、自ら代表を務める会社が千葉県の幕張にサッカー場を設置し、そこに中学生世代のジュニアユース、高校生世代のユースチームを創設する計画にも着手した。これにより、すでに全国約50カ所に展開しているサッカースクールや既存のジュニアユースチームとあわせて、4歳からプロリーグまで選手を育成できる道筋を完成させた。本田は構想の背景を快活に語ってくれた。

「高校生の頃から海外へ行くというキャリアビジョンはずっと描いていました。それでも、名古屋グランパスエイトからオランダのフェンロに行くまでに3年かかった。そういう僕自身の実体験をもとに、4歳から直線的にヨーロッパの舞台につながる環境を提供できれば、これからの子供たちが、自分が歩んだ道よりはるかに効率よく大きなチャンスをつかめるのではないかと考えました」