二重敬語に三重敬語。過剰な敬語は失礼か

例えば「拝見いたします」は「拝見する」(謙譲語)+「いたす」(謙譲語)の二重敬語である。日本語として間違いであり、相手に失礼なのだろうか。

「私は許容していいと思います。失礼になっていないし、『拝見します』ではそっけないと相手が感じそうなら使ってもよいでしょう。『おっしゃられる』も『おっしゃる+られる』の二重敬語ですが、どちらも尊敬語だから大きな問題はない。『召し上がる』が『お召し上がりになる』。さらに『お召し上がりになられる』と三重敬語になっているのも見かけますが、受け手が不快にならなければ別にかまわないのです。でも、『いただかれる』のように『いただく』(謙譲語)と『られる』(尊敬語)という反対のベクトルの言葉を結びつけて、尊敬語として使おうとするのは理屈のうえでおかしく、無理がある。失礼な、と思われても仕方ありません。『部長が申されるのもごもっともです』の『申される』も『申す』(謙譲語)+『られる』(尊敬語)ですから、矛盾しているので使えません」

完璧な敬語を使えるに越したことはない。しかし、それだけでは「この人、スキがないな」「勉強できたのだろうな」と感心はされても、コミュニケーションがうまくいくわけではない。石黒教授の調査では、ひと言でビジネスメールといっても、銀行業界とIT業界では、メールの書き方、敬語の使い方は、かなり異なるという。

「文化が違いますから、郷に入れば郷に従えでしょう。言葉は業界間や世代間でも微妙に異なります。杓子定規に正しい、正しくないという判断に労力をかけるよりも、どうすれば相手の心に届くかを考えるべきですし、極端な話、たとえ間違った言葉でも話し手と書き手が同じ理解に立っていれば、正しい言葉になるのです」

慣れないうちは型から入るのも大事だ。ただし、テクニックは確立された瞬間に陳腐化する。使っているうちに洗練されてその人らしさが出て、この人からのメールが来るのが嬉しいとなればしめたもの。そんな顔の見えるメールがチャンスになることだってあるだろう。要は相手がどう表現したら喜んでくれるか、どういう言葉を求めているかから始まる。距離をとる敬語と、親しみを込めて敬語を外した表現の引き出しを両方持って、レパートリーを駆使しながらコミュニケーションを図る。言葉は生きものなのだ。

石黒教授が失礼と感じるのは、コピペによる使い回しメールだ。

「ビジネスですからスピードは大切ですが、フォーマットが決まっているからコピペして送りましたというメールが多いだけに、そこから離れることで、より親しさが生まれ、ビジネスにつながるケースはあると思います」