「俺が倍に増やしてやるから、このカネを使わせろ」

そもそも年金資産は市場運用にさらす性質のお金ではないし、給付を確実に実施するのが大前提だ。それを経済成長に使うこと自体が法律を逸脱している。政府のやり方は、たまたま年金資産に目をつけて「俺が倍に増やしてやるから、このカネを使わせろ」というギャンブル的発想に近い。

年金の専門家の中には有識者会議の報告書に批判的な意見も出ている。

たとえば、報告書には米国、カナダ、ノルウェー、オランダ、スウェーデンの5カ国の年金の運用の基本ポートフォリオの事例を挙げて日本の公的年金がいかに国債の運用に偏りすぎているかを示している。

しかし、日本総合研究所調査部の西沢和彦上席主任研究員は比較対象の年金が決定的に間違っていると批判する。

「米国のカリフォルニア州職員退職制度(カルパース)とオランダ公務員総合型年金は公的年金の上乗せ部分の企業年金。カナダとスウェーデンは公的年金制度の2階部分の積立金、日本で言えば報酬比例部分だ。カナダ、スウェーデンの1階部分は税方式による最低保障の年金であり、運用もされていなければ、2階部分の運用結果の影響を受けることもない。ノルウェーの政府年金基金グローバルは年金という名前はついているが、同国の年金制度とは直接関係なく、しかも原資は石油事業収入であり、年金保険料ではない。これに対して日本の場合は運用成績しだいでは基礎年金も影響を受ける。年金制度の本質を見ないで比較することは決定的に間違っている」

日本の公的年金制度は、1階部分が全国民共通に支給する基礎年金(国民年金)、2階がサラリーマンに支給する厚生年金、そして3階が企業独自に支給する企業年金の3層立てになっている。つまり、諸外国では日本の基礎年金に相当する最低保障年金は運用リスクにさらされていないというのだ。

アメリカには全国民を対象とした日本の厚生年金と国民年金に相当する最低保障年金の積立金がある。しかし、この全額が非市場性の国債で運用されている。じつはクリントン政権時にこの積立金の一部を株式に投資すべきという案が政権内から出たことがある。

「その時に当時のグリーンスパンFRB議長は『積立金の一部を株式に投資することは間違いなく資本市場と経済の効率性をリスクにさらすことになる。どんなに手を尽くしたとしても、積立金を政治的圧力から遮断できるかは疑問である。陰に陽に圧力がかかり、積立金の生産的な利用とは異なる資産構成になってしまう』と批判している。有識者会議はなぜアメリカが国債でやっているかを何も学んでいない」(西沢氏)

グリーンスパン氏は年金が毀損するだけではなく、政治家に利用されることで健全な資本市場にも悪影響を与えると指摘しているのだ。金融先進国アメリカですらも国民共通の年金は堅く守られているのに対し、日本の場合は運用成績しだいでは基礎年金も影響を受けることになる。