最相葉月(さいしょう・はづき) 
1963年、兵庫県生まれ。関西学院大学法学部卒業。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 1001話をつくった人』(講談社ノンフィクション賞、大佛次郎賞、日本推理作家協会賞、日本SF大賞、星雲賞)などがある。

「絵を描いたり、砂を敷いた箱におもちゃを置くことが、なぜ心の癒やしになるのか。とても不思議でした。なぜ病むのかではなく、人の心がどう回復していくのか。カウンセリングとは何か、知りたかったんです」

最相葉月さんは心理療法の取材をはじめた動機をそう話した。カウンセリングといっても値段はバラバラだし、資格も様々。どんなやり取りで治療が進むのかもわからない。

本書は、言葉自体にどこか曖昧な印象があるカウンセリングの歴史や方法、そして現場を明らかにした1冊だ。最相さんは心理療法家の河合隼雄と精神科医の中井久夫、2人の歩みを中心に、患者と向き合うセラピストたちを取材していく。河合は砂を敷き詰めた箱におもちゃを配置して庭を作る箱庭療法の、中井は川や森、人の絵をある順序に従って描かせる風景構成法の第一人者である。

最相さんは臨床心理学を学ぶために大学院と、クリニックを併設する教育機関に4年間、毎週土曜日に通う。さらに自身の病歴を明らかにし、クリニックを探して診察を受ける過程も記す。取材者という立場を超えて、自分自身すらも取材対象とする覚悟が伝わってくる。「人のプライバシーに踏み込むわけです。自分を棚上げにはできないと思いました。自分が被験者になるしかない、と」

最相さん自身が中井久夫にカウンセリングを受けるだけではなく、カウンセラー役も務めた。

「癒やしの時間でした」と最相さんは振り返る。「描いた絵を解釈する必要はなく、時間を共有することで回復力が自ずと引き出されるのかと感じました」。

最相さんは多くの人が知っているつもりになっている事柄を時間をかけて深く掘り下げてきた。著書『絶対音感』では絶対音感の有無は音楽性の豊かさに無関係だと結論づけた。掘り起こされた事実は読者に驚きを与える。本書もまさにそうだ。

回復には喪失感が伴う。治療で症状をなくせばいいというわけではない。安易な答えに飛びつかず、セラピストたちは患者本人すらも言葉にできない苦悩や悲哀に長い時間をかけて向き合う。患者に生じるすべてを引き受ける覚悟を持って――。

見えてくるのは、いままで知られなかったセラピストの具体的な仕事だ。なかには一言も話さない患者もいる。その沈黙に耐えなければならないが、臨床の現場では十分な時間を取れないことも多い。

「セラピストは人の根源的な部分に触れる職業です。もしも本物と偽物があるとするなら、カウンセリングを知ることで、判断する手がかりになれば」

(原 貴彦=撮影)
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